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烏羽文梓
自室の前にある縁側に腰掛ける少年はぼぅっと空を眺めていた。
雲一つない晴天でも、満天の星空でもないドン曇りの灰色の空。ポツポツと雨が線を描く。
《文梓様》
《文梓さま》
《げんきないあずささま》
《文梓様大丈夫?》
烏羽文梓 の側には人とも動物とも形容しがたい存在が集まっていた。
三本角の子鬼に黒い毛玉、妖と呼ばれるそれらは文梓の友人たちだ。気兼ねなく話せる、文梓にしか見えない友人たち。縁側の目の前には大きな池があり、そこにも友人たちが住んでいたりする。
《だいじょーぶ?》
「……ええ、ええ。わたくしは平気です。すこし、疲れただけで」
妖に目を向けた文梓は困ったように笑う。酷く体が怠い。倦怠感が体を取り巻き、今こうして座っているだけでも疲れてしまう。
二股の猫を膝に乗せて毛並みに沿って撫でる。猫は嬉しそうにごろごろと喉を鳴らし、もっとと強請るように文梓の手に頭を押し付けた。
「かわいいねぇ」
きっと、すべて夢見が悪かったせいだ。
「文梓様」
「文梓様」
部屋の外から二つの声に呼ばれる。心配性な双子の従者だろう。
「なぁに」
部屋の外に出ることはない。返事だけした。……部屋の外に出ることは叶わないのだ。とらわれているから。
「当主様からの言伝です」
「お部屋に入ってもよろしいですか?」
「……大祖母様から言伝? ええ、ええ、おいでなし」
烏羽家当主は文梓の曾祖母にあたる、常に一族のことを考え、自分にも他人にも厳しく禁欲的な老女だ。若い頃はその聡明な頭脳と視野の広い考えから帝国宰相の補佐を勤め上げたほどの手腕を持っている。
今もそれは衰えを知らず、一族の繁栄に役立たれている。
「失礼します」
「失礼します」
背後で襖の開く音がする。二股の猫は膝をぴょんと飛び降りて庭をかけていってしまった。嗚呼残念。
振り返りはしない。顔は見せない。それは世話役の従者でも。実の兄弟であったとしても。
文梓の素顔を見たことがあるのは当主と妖の友人たちだけだ。
部屋に入って、従者の目に入ったのは着物一枚で庭に足を投げ出して縁側に座っている主の姿。
いくら残暑とは言っても寒くなってきているのだから着物一枚では風邪を引いてしまう。心配性の双子の従者は目配せをして溜め息を吐いた。
「……文梓様、着物一枚では風邪を引いてしまいます」
「こんくらい平気。どうしても言うんなら、適当に毛布でも被りますよ」
「それなら……まぁ……」
きっと文梓はこの部屋に双子が居る限り縁側から動かないだろう。直属の従者だというのに、一度もその顔(かんばせ)を拝見したことがない。酷く、もどかしいものだ。
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