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濡羽兄弟
溜め息を吐き出しそうになるのを抑え、濡羽志乃 は誉有 に「言伝を」と促す。
「当主様からの言伝です」
誉有は手のひらを開くと、そこから真っ白な小鳥が飛び出した。いや、本物ではなく紙でできた小鳥だ。雀のような烏のような小さな小鳥。
言葉遊び、と言う曾祖母の異能力だ。
《真朱 学園に通いなさい》
「……え」
小鳥から聞こえた嗄れた性別の判断のつかない声についと言葉がこぼれ落ちる。
曾祖母は何を言っているのか。
生まれてからこの方、自室からも出たことのない文梓は人間不信に陥っている。幼い頃からの曾祖母の刷り込みのせいか、「人間とは悪逆非道で醜悪な存在」と思って、否、思いこまされている。ある意味穢れを知らない天然培養だ。
もちろん教育機関になんて通ったことはない。生まれてからずっと、文梓の世界はこの小さな小さな、十二畳の部屋だけ。
《薄墨の双子をお供につけます。あなたに幸福で確かな日常が訪れますように――》
ぷつりと言葉が途切れ、小鳥は宙で一回転をするとビリビリに破けてしまった。これはもう決定事項で、覆される事はないのだろう。
ジャラリ、と足元で音が鳴る。
「……どういう、こと?」
情けないことに、声が震えた。喉がからからに乾き、まともに言葉が紡げない。
「当主様のお心は、私たちにもわかりません」
「それでも、俺たちは文梓様に従うだけです。文梓様が、学校に通うのが嫌なら、当主様の指示が嫌なら、俺たちは文梓様を連れて逃げましょう」
「はは……お前は優しいねぇ……でも、いけないよ、冗談でもそないなこと口にしたら。大祖母様の言うことは絶対なんです。謀反と思われてしまう」
「俺たちは、ただあなたが心配でっ」
「誉有」
「でも、志乃! どうして」
喧嘩でもしそうな雰囲気に苦笑が漏れた。
自分のことを考えてくれるのは嬉しいけれど、それで口論になってしまうのは頂けない。庭に投げ出していた足を縁側に乗せ、文梓は苦笑のまま双子を振り返った。
「そこらへんにしなさい」
「え」
「文梓様……!」
振り返った文梓に目を丸くした志乃と嬉しそうに口角を上げた誉有。本当に分かり易い双子だ。笑いを零す。
文梓はたいそう綺麗な容姿をしていた。ぬばたまの髪は真っ白な肌を強調させ、薄く色付いた花唇は緩く弧を描く。瞬きをするたびに震える長い睫毛に縁取られた一重瞼の瞳は笑みを浮かべると儚さを一層強くした。しなやかな痩躯に陶磁器を思わせる肌、文梓の持つ雰囲気すべてがとても美しかった。桜に攫われてしまいそうな、美しい少年だ。
後ろ姿や簀の子ごしにしか見たことのなかった主の姿に、双子は揃って間抜けな顔を晒す。
「同じ学び舎で、それに世話役なんに顔を知らん言うんもおかしな話です。どう、はじめて見た感想は?」
「綺麗です」と寸分の狂いなく声を揃えて言う双子。さすが双子。
言うほど綺麗じゃない、と笑った。
「わたくしは、他所の人と接したことあらへんし、と、友達作り? なんてのもよくわかっていません。たくさん、たくさん迷惑かけてしまうと思います。それでも、わたくしの従者でいてくれるのか?」
「もちろんです。なぁ、志乃?」
「あぁ、そうだな誉有。文梓様にかけられる迷惑なら喜んで受けます。私たちはいつでもどこでも文梓様の一番の味方なんですから」
「文梓様のためならなんでもしますよ」
それは狂気にも近い。
志乃と誉有の瞳には暗く鈍い光が見えた。
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