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3.ただの同僚 2/2

 同僚が有給を使った翌日、目をはらして出社した。  一瞬ざわついた社内でどうしたんだ、と声をかけるほどの仲でもないただの同期の俺は心の中にその言葉をとどめた。名前を呼んだ声が届かなかったあの日から数年、予想通り俺と野間の関係は当たり障りのないただの同僚で同期だ。会えば二言三言言葉を交わす程度の間柄。ただ俺だけが1人あの日の野間の表情を忘れられないだけ。俺だけが一方的に誰も知らない野間を知っている。 「おいおい、野間。どんな感動的な結婚式だったんだよ」  どこからか集団の中に必ず1人は存在するお調子者タイプの同僚が現れて野間に声をかけた。周りが納得し静かになっていく中、俺もすべてを理解し野間から目を離した。 「野間」  その日の帰り、目元はだいぶ落ち着いたが元気もない同僚の後ろ姿を追いかけて声をかけた。あの日届かなかった声も今日は届いたようで、呼ばれた男が振り返る。 「急にどうした」  いつごろからか敬語も抜けた野間の言葉。なんて声をかけるつもりだったのか、すべて頭から抜け落ちた。口を閉ざしたままの俺に野間が不思議そうな顔を浮かべる。  あの日もただの同僚で終わりたくなくて名前を呼んだ。届かなかった声が今なら届き、目の前の男は自分を見ている。 「好きだったんだろ、友達のこと」  正解がわからず、出てきた言葉はそれだった。  野間が一瞬固まったかと思うと、笑った。俺がさせたかったのはそんな顔じゃない。あの友人に見せた顔が見たかったはずなのに。驚きよりも傷つきを見せたその表情にどうしようもなくなり、腕を引っ張った。  どこに行くんだという野間の声を無視して、手を払おうとする野間を無視して、歩き続ける。しばらくするとどこへ向かっているのか理解したのか、その声も抵抗もなくなった。  抵抗がなくなった後も無言で目的の場所まで歩き続けた。入り口から建物を眺めたとき、何をするつもりなのかわかっていたはずなのに相変わらず野間は無言のままだった。受け取った鍵で部屋に入ってもその様子は何も変わらない。  ネクタイを緩め、くたびれたスーツを剥いでいく。白いシーツの上にただの同僚だった男を押し倒した瞬間ようやく顔を見た。  泣きそうなのに笑うんだ。  やっぱり俺が見たかった表情はそこにはあるはずもなく。それでも昨日はきっと1日笑っていたであろう男の切なそうな顔は俺の中のなにかを動かした。少し迷いながら、服を着てしまえばぎりぎり隠れる鎖骨に、小さくキスをした。これからの行為を、確認するように。  最初から最後までいっさい抵抗する様子はなく、野間が思っていた以上に弱っていたことも、思っていた以上に愛を求めていたことも理解する。  隣で静かに目を閉じ眠る男のぬくもりを感じながら、俺も静かに目を閉じた。 「なんでおまえが泣くんだよ」  ドラマや映画で聞いたような言葉が耳に入り、自分の目から涙があふれていることに気づく。  そっと目を開けると、いつの間にか隣で眠っていたはずの男の目からも涙がこぼれた。  俺にはきっとあんな風に笑わせられないんだろうなと何度も考えたことがまた頭をよぎった。それでも、1人で泣いて目をはらしてきたこいつが今隣で泣いてくれるならそれでいい気がした。  2人で涙を流しながら、よくわからないままに。初めて、唇を重ねた。  こんなことをしても、きっと俺と野間の関係は変わらない。きっとただの同僚のまま。                                                                                   END

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