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二日目「キャクセン カンキュウ」
――遊ばれてるのか弄ばれてるのか。
随分寝てしまったようだ。無意識のうちに、昨晩のことが相当堪えたようだ。
「ああ、もうあの野郎……」
寝心地のいいベッドから身体をはがし、一気にカーテンを開ける。部屋の時計は既に昼過ぎを告げていた。
ホテルは親切なことに、ルームサービスやらアメニティの類やらも充実しており、ちょっとしたリゾートホテル気分を味わえた。しかも破格だというのだから、やはりここの流通経済というのはどこかおかしいようだ。
部屋の備品は宿ならではのありふれた類の他にも、この街特有であろうものも多々ある。当然のごとく置かれている避妊具や大人用玩具の類にも驚いたが、最も驚いたのは訪問者専用だという携帯端末だった。おもむろに手に取ってアドレス帳を開くと、恐らくこの街の住人であろう男女のアドレスが並んでいた。気になるならば部屋に呼んで行為に及ぶ、ということも可能な訳だ。そういえば自分の端末は使えるだろうか、とトワは私物の端末を取ると、電波状況は圏外になっていた。試しに端末同士で通信機能は使えるかと試しても無駄だった。どうやら独自の回線網を使っているらしい上に、外部の回線は完全に遮断されているようだ。
端末でフロントに接続しルームサービスの食事を頼んだのち、大きなため息とともにソファに腰かける。昨夜のことを、思い出していた。
まさか、男だなんて。あんなに綺麗なのに。一目見て心奪われた少女は、実は少年でした。全く、悪夢のような真実だ。
間もなく運ばれてきた食事を喉にかき込みながら、机上の備品、メモ帳にふと目をやる。
そこには、明らかに自分の筆跡ではない文章が走り書きされていた。
『お兄さんありがとね。またカモになってくれてもいいんだよ? シズク』
……これは、あいつに違いない。純白の悪魔の筆跡だろう。コーヒーを流し込みながら、端末で『シズク』という名を検索する。
すると、検索結果に該当した人物が一人いた。そのページを開いてみると、柔和な笑みを浮かべた、いかにも人当たりのよさそうな雰囲気をまとわせた写真付きでアドレスが掲載されている。まとわせる雰囲気こそ違えども、完全に昨夜の少年と一致する。
皆、この外見に騙されるのだろう。そうさ、俺もその一人だ。トワは思わず顔をしかめる。奴は実際のところ、とんでもない男なのだから。
それにしても。トワは思った、あんなに多額の金を払ったのだから、もう少し触っても良かったのではないか。もう少し一緒にいても良かったのではないか。完全に元を取れていない。あれで放心して帰したなんて、本気でどうにかしていた。
――よし。毒を喰らわば皿まで。もう一度、あいつを買ってみようか。
これが歓楽街特有の『沼』なのかはたまた意地なのか、と自嘲しつつ、シズクのアドレスにメッセージを送った。
『昨日の夜、お前を買った男だ。
今度こそ払った額相応のことをしてもらうから、また買いたい。昨日の部屋で待っている』
それだけを入力して、送信する。
待つこと二時間弱。待てども待てども返事は来ない。時間を指定しなかった自分が悪いのか、それともシズクが時間にルーズなだけなのか、はたまたもう誰かに買われたのか。日没後しか売春していないと言っていたし、ひょっとしたらまだ寝ているのかもしれない。
これ以上待っても無駄だと判断したトワは、逡巡の末にホテルのバーに行くことにした。
「まぁ、いらっしゃーい!」
そこでも出迎えてくれたのは、着飾った華やかな美女たち。当然ながら、はべらせたいならば金が必要な様子だった。だがそれを実行するのは容易で、ここでも彼女らの提示額は総じて低いのだった。
トワは昨日の酒がそれなりに残っている状況だったにも関わらず、強い酒を選んでは呷り、選んでは呷った。はたから見れば酒豪のそれに近いのだろうが、実際のところは違った。
――ああ、もう。シズクの野郎、本気で俺をからかってるのか……!?
つまるところ、自暴自棄の暴飲である。
気付いたら、はべらせていた女たちがあらかた酔いつぶれるくらいには飲んでいた。
「おにいさーん、ホント、飲み過ぎじゃなーい……? あたしたちもう飲めないんだけどー……」
「悪いな。ちょっと俺、今は飲みたい気分なんだ」
「えぇえ……ちょ、ちょっとあたしたち、ついてけないかも……」
「別に構わんよ、お嬢さんたちは好きにしてくれ。金なら払うんだから」
結局バーを後にしたのは、やはり夕暮れ時だった。いい加減返事が来るだろうと思い、部屋に戻り端末を開く。
すると、一通のメッセージが届いていた。差出時刻は、つい先ほど。差出人の名前は、『シズク』。純白の悪魔降臨、といったところか。トワはメッセージを開いた。
『まだ懲りないんだね。今起きたけど、準備したらそっち向かいます。 シズク』
なんだかんだ言いつつも、シェンの言うとおり基本的に『来訪者はもてなす』という教育だけは行き届いているようだ。もっとも、もてなし方は様々な上、加減も様々な点に関しては教育が甘いのだが。
果たしてしばらく経った後、ドアを叩く者が現れた。
「こんばんは、シズクです。来たよお兄さーん」
散々待たせたというのに、あちらは罪悪感すら全く無いようだ。自分に対してだけそうなのか、果たして等しくこんな様子なのか。恐らく後者なのだろうとトワは思いつつ出迎えた。
扉の向こうに立っていたシズクは、相変わらず涼しい顔で澄ましていた。
「来てあげたけど、今日は何してほしいの? 昨日みたいにお金払って、何もしないで帰してくれるんだったら最高にありがたいんだけど」
「そんな訳あるか。今度こそ金額相応のことしてもらうからな。さ、入れよ」
昨日は女を買ったつもりだったが、今日は違う。男を買うのだ。何をするかは具体的には決めていないが、とりあえず満足するまでは帰さないつもりでいた。
トワはおもむろに鞄から昨日の倍の札束を取り、シズクに突き出した。
「ほら、これやるから。俺を満足させてみろ」
「……うわ、腹くくった。意外だね。ノンケだったらたいてい二度と僕を買わないのに」
さすがにこれには驚いた様子を見せたが、札束をしっかりと受け取った。慣れた手つきで枚数を数えた後、唇の端を吊り上げた笑みを浮かべた。
「あー……でもね、この額で最後までヤれると思わないでほしいかな。僕は高いよ。勿論払う気があるんだよね」
なぜそんなに己に自信があるのか。美貌は確かにずば抜けている、更に銀髪や真紅の瞳だなんて、まがい物でないのならば相当なレアリティなのかもしれないが、……それにしたって、高すぎやしないか。
「ちょっと待てよ、……その額だと何が出来るっていうんだ」
「そうだなぁ……手で抜いてあげても良いんだろうけど、それも面白くないかな。手が汚れるのって好きじゃないし。そうだなぁ……」
面白い悪戯を思いついたこどもの眼差しで、シズクはトワに上目づかいをしてみせた。
「じゃあ、脚で抜いてあげるよ。この額だったら脚くらいしか出せないからね? まさか、脱いでもらえるとか思った? だったら本当に残念だね」
「お前……っ!」
そんな行為、屈辱でしかない。ここで他の女と寝るという選択に切り替えれば、はるかに安い額で十二分に満足できたのだろう。
「ほらほら、どうするの? また何もしないで帰っていいの? あー、また貢いじゃって何もしないなんて勿体ないね? 勿論返金は受け付けないから、お金は戻ってこないよ」
畳み掛けるように挑発をしかけられる。根底は単純かつ沸点の低いトワが、これを無視する訳は無かった。
「ああ……もう! 分かったよ! 買う、買ってやろうじゃないか! で、どうすればいいんだよ?」
昨日から、完全に弄ばれている。シズクの言うとおり、今のトワは格好の『カモ』なのだろう。
シズクはソファに座る。おもむろに履物を脱ぎ、足をさらけ出した。滅多に日に当たらないであろうその箇所は、やはり陶磁器の人形のように白く、華奢だった。
「向かい合うように座って。あとは全部任せてくれればいいよ」
傲岸無礼にそれだけ言い放った。その振る舞いは、まるで一国の女王を思わせる。
納得のいかない表情のまま、言われたとおりにソファに腰かける。長ソファに二人で向かい合って座る形になった。
「そう……よくできました。じゃ、始めるね。お兄さん、名前は? ふぅん……トワ、ね。じゃあ、トワ。今晩はよろしくね……」
妖艶な笑み。その顔は、完全に娼夫のそれだった。艶めかしく、男には全く興味の無いトワでさえドキリとさせた。
「まずはちょっと脱いでもらわないとね。……ん」
先ほどまでの態度とは一転、シズクは丁寧にベルトを外し、口でズボンのファスナーを開けてくれた。その動きに淀みは無く、実に手慣れていた。
露わになる、トワ自身。さすがに、まだ昂ぶっている状態ではなかった。
「勃ってなくてこんなに大きいの? ……意外」
つんつん、と面白そうにつついてくる。その眼が明らかにからかい半分なのが見て取れたが、そんなのどうだってよかった。
「多分最初は痛いだろうし、ローションつけとくね。ここの備品にあるし」
よく来ているのだろう、このホテルの備品のありかは完全に分かっているようだ。サイドテーブルに備え付けられていたローションを、トワ自身に丁寧に垂らした。ひやりとした感覚と、特有のぬめり感が、いやに性的興奮を覚えてしまって情けなく思えた。
再びソファに腰かけると、ゆっくりと足を股間に伸ばしてくる。
「じゃあ……気持ちよくしてあげる」
やけに響く衣擦れの音と共に、ゆっくりと足の指が竿に絡まる。その感覚は、今まで経験したことがないものだった。
「……う、うわ!? あ……?」
得体の知れない感覚に、思わずのけ反ってしまう。それでスイッチが入ったのか、恥辱的な行為にも関わらず快楽を覚えてしまう。その証拠に、昂ぶりは徐々に熱を帯び大きくなっていた。
「ほら……気持ちいいでしょ? 指とも違うし……、ナカとも違う……。恥ずかしいだろうけど……おっきくなってる。気持ちいいんだね……もしかして変態?」
実に慣れた様子で、緩急を付けながら両足を使いしごいていく。嬲るように語りかけてくる上、口調さえ扇情的だ。傍で囁かれている訳でもないのに。無意識のうちに息が荒くなっていた。
「ああ……もう……。どんどん大きくなってるし、そんなひくひくさせて……。凄いね、カウパーだらだら垂らして……。そんなに良いんだ。もしかして、Mの素質あるんじゃない? トワって」
「ぐ……だ、黙ってやってろ……っ!」
「はいはい、口だけは達者。……んしょ」
意地の悪いことに、しごく速度は次第に増していった。射精感が高まりそうなところで、見計らったかのように脚の動きを止めてみたり、焦らすように緩やかなものにしてみたり。……いつもリードしている側のトワにとっては、屈辱と恥辱以外の何物でもなかった。
焦らされてはいたものの、こうも巧いと射精感もピークを迎えてくれる。もう、相手は男で、あまつさえ脚で絶頂を迎えようだなんてどうだってよかった。早く、一刻も早く吐き出してしまいたかった。
「ちょ、し、シズク……! もう、で、出そう……!」
「いいよ……沢山出せばいいよ……ほら、ね? ……イっちゃえばいい」
煽られるようにそう告げられて、間もなくだった。情けない格好で、昂ぶりから粘ついた原液が吐き出されたのは。
「っ、ううぅ……!」
低い唸り声と共に、欲求が迸る。膣内に吐き出すのとも、自慰で吐き出すのともまた違ったエクスタシーがトワを襲った。今まで感じたことのない、快楽。
その様子を眺めていたシズクの頬は、心なしか紅潮していた。
「は……。凄い……、いっぱい出てる……」
シズクの足にも白濁が飛び散った。どろり、と足の甲を伝う。
「あ、あ……。あーっと……えーっと」
初めてだ。脚なんかで、達した。そして現状はなかなかに、無様な状態。何か言おうとしたが、言葉が見当たらない。
しかし、そんなトワをよそにやおらシズクは足を拭い、帰り支度を始めていた。何というビジネスライクな姿勢。
「はい、お疲れ様でした。……じゃあ僕帰るから。こんな額じゃ、長いこと……。構って、られないんだ……」
小さな鞄を手に取り、ソファを立つ。しかし、心なしかおぼつかない様子だった。
「お、おい……疲れたか? ちょっと休んで行けば……」
「……大丈夫。まだ、稼がないと……」
振り返ってそう言う彼だが、頬には汗が伝い、息も荒い。先ほどの行為で興奮していた余韻という訳でもなさそうだ。
「じゃあ、気が向いたらまた呼ん……、で……」
ドアノブに手を掛けようとしたところでぐらりと身体が揺らぎ、シズクはそのまま力なく倒れ込んだ。
「シズク!? おい、シズク!」
身体を汚す粘液もそのままに、トワはシズクに駆け寄った。意識がない状態だが、呼吸はある。気を失っているようだ。
トワはシズクを横抱きにしてベッドに運んだ後、自分の事後処理もそこそこに済ませた。やるべきことは無意識のうちに分かっていた。おもむろに自分の鞄をまさぐり、薬品の準備を始める。まさか、こんなところでも薬師のスキルが活きるなんて。
おそらくこの調合でいいだろう、という材料をおもむろに調合し、タオルを濡らして汗を拭ってやった。更にポットの湯を沸かしたところで、応急処置準備は完了だ。状況に応じて、湯に砂糖か薬を混ぜてやった物でも飲ませれば、恐らく体調は持ち直すだろう。
「ん……」
苦しそうに眉根を寄せる。寝ているのだからと、寝返りを打ちそうな前に眼鏡は外してやった。
小一時間ほど、経っただろうか。シズクが目を覚ました。
「……トワ……? 僕……」
「気が付いたか? まぁ、これでも飲め。薬を調合してやったから。薬師が生業だし、調合は眉唾じゃない。安心しろ」
「ん……、いただきます」
さすがは病人、おとなしく渡した薬を飲んだ。
「多少落ち着いたか? 今日はこのまま泊まってけよ。……さすがに病人をどうこうしようって程、俺は鬼じゃないし安心しろ」
「……ごめん……。ねえ、トワ。ちょっと頼みたいんだけど……、僕が目を覚ましたら、町はずれにある診療所に連れて行ってくれるかな。ラグって医者がいるんだ……さすがに、今のままじゃ一人で行く自信ないし、体調崩すと何日も寝込むタイプなんだ」
「あ、ああ……分かった」
「別にお金は取らないから、安心して……じゃあ、もう少しだ……け……。すぅ……」
言葉を終えたか終えないかと言ったところで、彼の意識はまた深い眠りに戻っていった。
トワは思わず天を仰いだ。
――無茶しやがって。
ふと、先ほどの鞄が気になって目をやる。申し訳なく思いつつも、中身が気になり凝視してしまう。
ひしめいていたものは、今まで旅してきた村の診療所でよく目にしたもの。……錠剤のシートだった。それも、見る限りでも信じがたいくらい大量に入っている。
「参ったな。根っからの病人……って訳かよ……」
再び、深いため息とともに天を仰がざるを得なかった。
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