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一日目「スレチガイ カンチガイ」

        ――第一印象っていうのは、確かに重要で。  長い旅路を経て、ようやくたどり着いた都市、ジェム。宝石の名を冠するというのに、城塞の入り口はいたって無粋だった。  高い塀に囲まれたその街は、どうやっても中の住民が外部を見ることは不可能だろう。  そんな城門前で、先ほどから顔色一つ変えずに突っ立っている男が一人。出で立ちから察するに、門番なのだろう。 「あ、えーと……ここがジェム、ですかね? 地図を見て来」 「招待状、見せてみろ」  実に単刀直入かつショートカットな言葉を喰らった。どうやら、ここを訪れる人間すべてに放つテンプレート通りの言葉らしい。  言われたとおりに招待状を差し出す。門番はそれを穴が開くのではないかと思うまでに凝視した後、こくりと大きく頷いた。 「……確かに、正規品。招待状は城主からの物と確認した。城門を開けよう。入れ」  重たそうなカンヌキを軽々と持ち上げ、重々しい音を立てて城門を開けた。 「まずは城に向かえ。……じゃあ、七日後に、また」  事務的にそれだけを告げ敬礼をすると男は、門をくぐるように促した。  城塞都市ジェムでの、七日間が始まる――そう思うだけで、何故だかこどものように感情が高揚した。  城は城門へと続く石畳をまっすぐ向かった場所にあり、恐らく城塞の中央に位置しているのだろうと思われた。  城内へは、特に警備の類もなくすんなり入れた。敷地内ではせわしなく庭師や家政婦が働いている。  そしてこれもまた難なく入れたエントランスには、訪問を待っていたかのようにシェンが立っていた。 「よく来たわね……、待っていたわ。ようこそ、アタシのお城へ。ようこそ、アタシの街へ」  どこか大げさな、しかしそれすらも優雅に見える仕草で、シェンは出迎える。 「……ああ、本当にくたびれた。シェン、あんたの街ってのは随分辺境にあるんだな。辺境も辺境、たどり着くまでには山あり谷ありっていったところだ。これじゃあ来たくても来られるはずもないな」 「ええ。お客様に関してはアタシが気に入った人しか呼ぶつもりもないから。宝石の名を持つ街にふさわしいでしょ? 宝石って、容易く手の届かない奥深くに眠るのだから」 「どうなんだか……で? 門番に言われてきたんだけど、何か言いたいことがあるんだろ? 言ってくれないか」 「もう……せっかち。そうね、言いたいことはシンプル、ここでの約束事だけ。住人達は、皆訪問者を『あらゆる手段で満足させて』くれるわ。あなたが望むなら性の相手だってしてくれる。そういう人間たちを、各地から集めたの。 その点では色欲の楽園とでも言ってもいいかしらね。それくらい言いきった方が潔いでしょ? ただ、ちゃんとお金は払ってあげて。……そうね、言いたいことはそれくらい。  あと、期限は今日を含め七日間。七日目に、ここにまた来て頂戴」  言いきったところで、ひらりと手を振る。 「宿は……町はずれにある、「Hotel Desire」を使って。来客は全てそこに泊めることにしているの。 ――さぁ、住人は全てトワを歓迎してくれるはず。好きに遊びなさい」  その言葉を待っていた。トワはにんまりと笑みを浮かべる。  所持金は十分だ。さて、どれだけ遊べるのだろうか?  城を去り、ホテルで速やかにチェックインを済ませる。すぐに訪れたのは、極彩色に彩られた歓楽街だった。シェンの言うことはあながち大げさでは無く、女たちは皆魅力にあふれている。  更に良いことは続いた。道行く女に声を掛けて、幾らで相手をするか問うと、驚くほどに安い額を提示してくるのだ。却ってこちらが申し訳なく思う位だ。 それならば、とトワは図に乗った。人生初と言っていいくらいに羽振り良く女をはべらせて酒場を巡り、女たちに酒を振る舞った。多少女たちに触っても嫌がる素振りを見せるどころか、喜ぶような反応を見せるのは、さすが場馴れした女たちというべきか。 浴びるほど飲み、女たちを引き連れ、何件かめの酒場を後にした。店を出るたびに、取り巻きの数は増える一方だ。 「お兄さんったらすごーい、お金持ちでしょ? こんなに女の子連れてぇ。でも、まだお金尽きないんでしょお?」 「まーなぁ、金ならあるっての! さて、これからどうしようかね?」 「えー……今夜はどの子にするぅ?」  皆、しなを作り色っぽい表情でトワを見つめてくる。女たちにとって自分は金づるでしかないのだろうが、こちらとしては安値で寝られて、更に見目麗しい上等な女どもだ。よその歓楽街のレートを知らないのか、ここのレートが安く設定されているのか。そんなのどうでもいい。遊べるなら遊びつくすのが最も楽しい過ごし方なのだから。  ここでふと更なる欲求が鎌首をもたげる。ここで最も高い相場で買える者とは、いったいどのくらい絶品なのだろう。是非お目にかかりたい、あわよくば抱きたい。ここの女たちは知っているだろうか。 「なあ、ちょっといいか? この界隈で一番高い女って……」  取り巻きに訪ねていたところに、ふと白い影とすれ違う。今までに見たこともない、真っ白な長い結わえ髪。陶磁器のように、曇りの無い白い肌。そして、東方でよく見かけたような衣服に身を包んだ、眼鏡をかけた華奢な体躯。すぐに通過してしまったその姿ではあったが、目に焼き付くには十分な要素ばかりだ。一瞬だけ目線が溶け合ったが、すぐに離れ、そして去って行った。  瞬時にして心を奪われた。そして思った。こいつなら、――きっと相場も高い絶品だろう。ここにいる、女たちよりずば抜けて。  トワはおもむろに鞄から札束をつかむと、女たちに差し出した。 「ああ、さっきのはなんでもないや。ほら、これやるから山分けにしろよ。……俺はちょっと追わなければならない上物を見つけたようだ。じゃあな」  我ながらえげつない真似ではあるが、仕方ない。ここにいられる時間というのは短いのだ、一時たりとも無駄にできない。 「あぁ、もう! お兄さーん、ちょっと待ちなさいよぉ!」  女たちのぎゃあぎゃあという喚き声を背に、トワは走った。先ほどの、純白の少女を追うために。  日はとっくに沈んでいた。しかし、一日目の夜はこれからだ。  どれだけ走っただろうか。ようやく追いつくことが出来た。  トワは肩で息をしつつ、少女の背を叩いた。 「……何でしょうか?」   ゆっくり振り返った少女は、やはり美しかった。そして、先ほどの一瞬だけでは気付かなかったが、眼鏡の向こうの瞳はルビーにも似た真紅の色をしていた。深みに飲み込まれそうな、赤。それを縁取る、ミルク色の長いまつ毛。 「はぁ、はぁ……やっと追いついた。なぁ、お嬢さん。ちょっと俺に買われる気、無い?」  なかなかに直球な言葉だった。しかし、ここで遠まわしに事を伝えて、先に誰かと一晩過ごされるよりだったら、要件を手短に伝えたほうが効率的だろう。  一瞬きょとんとしたが、少女は微笑してみせた。 「これから何の予定も入っていません。買ってくださるなら、喜んで承ります。ただ……」 「なんだよ? ああ、いくら払えばいい? ちなみに一晩過ごす分の代で」 「そうです、ね……じゃあ、このくらいでいかがでしょうか」  提示された額に、トワは驚愕した。今まで遊んだ女たちの平均額より、はるかに強気に出た価格だ。 「そ、そんなに高いのか……?」  怯むトワに、少女は首をかしげる。 「お高い……でしょうか? そんなつもりは全くないのですけれど。取りやめますか?」 「あああちょっと待って待って! いや、今まで買った女の子より随分高いと思っただけだよ」 「かも、しれませんね。でも……訳あって、日没後にしか売春をしていないんですよね。さて、どうしますか? またお会いできるかは分からないんですよ。こちらだって、いつ誰に買われているか分からないんです。早い者勝ちなんですから」  人というのは、限定や早い者勝ちという言葉に非常に弱い生き物だ。その言葉を匂わせるだけで、いとも容易く誘惑に負けることが多い。 「……分かった、買うよ。この街のホテルに宿を取っている。そこで一晩だ。今、金払うよ」  そう、トワもご多分に漏れないのだ。  ホテルに着きベッドに腰掛けると、少女もそっと隣に腰掛けた。  静かに見つめ合ったところで、改めて凝視する。歳は十代半ばだろうか。顔立ちも凛とした美人といえるし、何よりも真紅の瞳が印象的だ。白い体躯に赤い目、というとウサギを思わせるかもしれない。確かに華奢な部分は似ているだろうが、放つオーラはウサギというより、猛禽類に近い。  こんなに美しい少女と、二人きり。ムード作りは必要なのだろうが、時間が惜しい。こんな据え膳を早くいただかないのは恥と言えよう。  そして、相手だって一晩好きにされる覚悟で部屋に来たのだから、何をしてもとがめられることもないはずだ。 「……じゃあ……お嬢さんさ、早速だけど脱いでもらっ、んぐむっ!?」  一瞬だけにっこりほほ笑んだかと思ったのもつかの間、少女は拒むようにトワの顔面を思い切り手で覆ってきた。 「……いつまで勘違いしてるんだろうね。それとも何? あんたってゲイなの?」  先ほどまでの柔和な口調はどこへやら、部屋での第一声は随分と冷ややかなものが浴びせられる。 「ちょ、ちょっとまてよお嬢さん……ってか、手をどけろ。……ぷは、あーもう……。何だよ、いきなり。恥ずかしいのか?」  すぐに手をどけてやった少女だが、口調同様、さげすむようにトワを見ていた。 「お金も貰えてるし、もう帰っちゃってもいいんだけどさ……まぁいいや。そんなに脱いでほしいなら脱いであげる。その前に、これでもいいのかな?」  がしり、とトワの手を掴むと、少女はおもむろに自分の胸に手を宛がった。男の性というべきか、反射的だったと弁護すべきか、胸を揉んでしまうトワ。しかし、……その手ごたえは驚く程何もない。むしろ、女特有の柔らかさなど殆ど無い。真っ平らと言っても差支えないだろう。 「え、えーと……、なに? お嬢さん、貧乳ってやつ? いや、胸ってのはサイズじゃなくて感度だから、俺は一向に気にしないけど、えーと」  その反応がおかしかったのか、少女はくすくすと失笑を漏らした。 「え、嘘? お兄さん、ノンケなのに誘ったの? てか、まだ分かんないかな……。じゃあ、仕方ないや。こっちかな」  掴んだ手を、次に宛がわせたのは、女性なら確実に恥じらう部分であろう、股間だった。  そこには、女には確実に無く、男特有の存在感を持つ物体が、……確かにあった。  ……状況が飲み込めない。これは、つまり。『あれ』が付いているという、ことは。 「……『僕』、男なんだけど? 男が男を買うっていうのは珍しくもなんともないんだけど……。 あ。……っくく、あははは……! 出た出たこの顔! あーあ騙された、騙された。面白すぎ! これで何人目だろう、僕が女だって思った奴! 馬鹿みたい!」  さもおかしいと言わんばかりに、腹を抱え大声で嘲る。恐らく、こうして女と勘違いされて部屋に連れ込まれたことは初めてではないのだろう。 「ねえ今どんな心境? がっかり? 残念? ああ、それともまだ抱きたい気分? 脱がせたい気分? ねえねえ聞かせてよ!」  頭が真っ白な状況に、追い打ちをかけるように畳み掛けてくる。一向に事実を受け入れがたいというのに。  男。よりによって男に大金をはたいてしまった。俺の品評眼と直感とは何だったのか。  男なんて抱いたことはないし、性的興奮を覚えたことなんて一度もない。確かにこの子は綺麗だ、女だったら間違いなく抱いている。しかし……相手は男だ。そして、こんな無様な状況で今からどうこうしようという気は、とても起きない。今の自分にできることと言ったら、 「……ウソだろ……」  脱力状態で、こう漏らすのが精いっぱいだった。 「残念だけど男だよ。繰り返そうか? 僕、れっきとした男子だから。あははは、あーおかしいおかしい……!」  それからどのくらい笑われ続けただろう。ひとしきり嘲られたのちに、少女……いや、少年は部屋を後にしていた。  部屋をいつ後にしたのかは、トワは覚えていない。ただ、ショックが大きすぎて呆然としていた。そして、最終的にはふて寝をするという選択を取った。  こうして、直感を信じて突っ走ったらとんでもない目に遭って一日目は過ぎたのだった。

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