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(日常小話)ピーナッツバターのパン

Side 空 「空、俺らが大好きなピーナッツバターのパン、新しいのが出たぞ」 ひよしさんが帰ってくるなり、パン屋の袋を見せてきた。 「え、ほんと!?」 僕もそれに飛び付いた。 家の近くのパン屋さん。 そこで売ってるピーナッツバター入りのコッペパンが、僕もひよしさんも大好きだ。 僕達が恋人同士になる前に、ひよしさんが僕にくれたパン。 昔よく聴いていた音楽を久しぶりに聴くと、その時の事を思い出すってよく聞くけど、僕にとってはそれがこのピーナッツバターのパンになるんだと思う。 甘くて、ちょっとだけしょっぱい味。 僕にとって忘れられない、ひよしさんと出会ったときの大切な思い出の味だ。 で、どうやらそれの新商品が出たらしい。 「いつものやつはコッペパンだろ?今回はピーナッツバターのクロワッサンだってよ」 「おいしそう!」 パンを袋から出した。 ピーナッツバターの良い香りがする。 「どうせならトーストしようぜ」 「そうだね」 トースターにクロワッサンのパンを入れ、スイッチオンした。 ジーっと音を立てるトースター。 でもなんかおかしい。 トースター内はずっと暗いままだし、数分経ってもパンに焦げ目すらつかない。 「ひよしさん、トースター壊れてる疑惑…」 「まじかよ!」 まさかのトースターさん、ご臨終。 今壊れるなんて… 「どうしよう、そのまま食べる?」 「いや絶対温めた方がうまいぜ?店の人もそう言ってたしな」 「そうだよね。クロワッサンといったらカリカリの食感が醍醐味だもんね」 僕らは、クロワッサンをトーストする方法を必死で考えた。 「お隣さんに借りるか!」 「え、トースターを?」 「あぁ」 「うーん、トースターだけ借りるなんて、迷惑じゃないかなぁ。」 「じゃあ空はへにゃへにゃのクロワッサンを食べたいのか」 「それは嫌かも」 「じゃ、決まりだな!」 膳は急げということで、僕らはお隣の家へ行き、インターホンを鳴らした。 お隣さんは、ひよしさんと同じくらいの年代の夫婦だ。 奥さんが調理師さんらしく、たまにご飯をお裾分けしてくれて、本当に助かっている。 (僕もひよしさんもあまり料理をしないので) あと、このマンションはペット可なので、そのご夫婦は猫さんを飼っている。 「サスケ」っていう名前なんだけど、まだ子猫で、すっごく可愛いんだよね。 猫好きの僕としては、毎日可愛がりに行きたいくらい。 「はーい」 お隣さんの奥さんがドアを開けた。 「こんばんは」 僕とひよしさんは挨拶をする。 「こんばんは。どうしたんですか?」 「いやぁ、実はトースターをちょっとだけ使わせて頂けないかと思いまして。パンを買ったんですが、うちのトースター壊れているようで」 ひよしさんは後頭部をポリポリしながら、申し訳なさそうに言った。 「あら、いいですよ。どうぞあがって」 奥さんは僕らを快く迎え入れてくれた。 中に入ると「にゃー」という鳴き声とともにサスケが寄って来た。 「わー、サスケー」 僕は、サスケを抱き寄せる。 あーもー可愛い。 「サスケは空くんにすっかり懐いてるわね」 奥さんがクスッと笑いながら言った。 「いやいや、空がサスケに遊んでもらってるんだよな?」 「ひよしさんは黙ってて」 サスケとのじゃれ合いに夢中な僕は、ひよしさんを冷たくあしらった。 ひよしさんが、てめぇ、みたいな顔してたけど知らんぷり。 僕がサスケとたわむれている間にひよしさんはトースターでパンを温める。 「旦那さんはまだお仕事ですか?」 「そうなんです」 「遅くまで大変ですね」 「まぁ、忙しいのはいいことですよ」 ひよしさんと奥さんは、そんな感じのちょっと大人の会話をしていた。 チンという音がした。 パンがトーストできたようだ。 ひよしさんがトースターを開けると、ピーナッツバターのいい香りが広がった。 「あら、このパン、あそこのパン屋さんの?」 「えぇ、そうです。俺も空もお気に入りでして」 「私も好きですよ。ピーナッツバターのパン、おいしいですよね」 やっぱりこのパン人気なんだなぁ、と僕は思った。 僕らはお礼を言って、お隣さんの家を出た。 夜空を月が照らしていた。 「お、綺麗な三日月だな」 ひよしさんが言った。 「ねぇ、ひよしさん。クロワッサンって、フランス語で三日月っていう意味らしいよ」 僕は言った。 「へぇ、よく知ってんな。つーか、せっかく温めたから冷める前に食おうぜ!」 「そうだね」 僕らは、家の扉を開けるのも待てず、ピーナッツバターのクロワッサンを取り出して同時に頬張った。 カリッとした食感と、甘じょっぱい味が口に広がる。 僕とひよしさんはバッと顔を見合わせて、同時に言った。 「おいしい!」 「うめぇ!」 おいしいものを食べると自然と笑顔になってしまう。 この日の気持ちも、ピーナッツバターの味と一緒に、僕の思い出のひとつになるんだと思う。 三日月は、静かに、優しく、僕らを照らしていた。 END ✽✽✽✽✽✽✽✽✽ ※タイトルにもなってるピーナッツバター。 ピーナッツバターのパンのエピソードは、過去話の「永遠の夏」の方で出てきますが、こっちの話の中にはそういえば登場してないなーと思って、この話を書きましたฅ•ﻌ•ฅ

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