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第7話 咆吼

【グリフィス】  ユリエルが王都を離れて一ヶ月、静かな日々が過ぎていた。  その間ラインバールでは相変わらず小競り合いが続いていた。  一度大きく攻め込まれた事もあり、王は前線に第一部隊の一部と、第三部隊を送り込んだ。  ただグリフィスだけはユリエルとの約束もあり、部下に指揮を任せて王都に残っていた。  その夜も、いつもと変わりなく更けていった。  人々が寝静まる深夜、突如として鐘が鳴り響いた。それは城壁の上に取り付けられている大鐘楼のもので、音は王都全てに響き渡った。  城の士官部屋で眠っていたグリフィスはこの音に飛び起き、寝間着のまま騎士宿舎の屋上へと駆け上がった。  城の外には思わず目を覆いたくなるような光景が広がっている。  外周の城壁から城へと向かって、炎の川のような松明の連なり。その数はざっと見て五千を超えているように見える。  現在この城に残っている兵は三千程度。ラインバールに多くを出兵したばかりだ。  これで城壁を突破されていなければ応援を要請して籠城という手も使えた。だが既に門扉は破られ、続々と城へと灯りは押し寄せている。 「あの方の嫌な予感は、こんなにも当たるものなのか」  苦々しく吐き捨て、グリフィスは自室へと戻って手早く支度をし、その足で真っ直ぐに王の元へと駆けていった。  王は深刻な顔で主要な家臣の前に立った。グリフィスは一番前に膝をついて礼を取っている。その隣には壮年の騎士が一人、同じように礼を尽くしている。 「現状は把握できた。ルルエ軍の夜襲で、間違いないのだな」 「はい。外門は破られ、続々と城へ向かって押し寄せております。その数は未だ増え続けていると」 「現在城には三千強の兵がおります。相手方の数は正確には把握できませんが、おそらく倍はいるかと」  二人の騎士の報告に、王は深く息をつき瞳を閉じた。  現在は深夜、城に人は少ない。家臣の大半は自宅にいるだろう。それが不幸中の幸いか。 「陛下、城の正面門が無事なうちに避難を考えるべきかと存じます」  グリフィスの進言に、王は深く頷いた。そして傍らに控えている老齢の男に目配せをする。その視線を受けただけで、老齢な男は丁寧に礼をして出て行った。 「グリフィス、第一部隊はどのくらいここに残している」 「精鋭百を残しております」 「それを連れ、シリルとここを離れろ。ルートはお前に任せる」 「はっ」  一つ深い礼を取ったグリフィスは、内心安堵した。もしも城に残って戦えと言われたら、進言しようと思っていたのだ。 「第二部隊は残りの兵を使って城を守れ」 「はい」  グリフィスの隣りにいる壮年の騎士も、短く答えた。  城の中はその間にも大騒ぎになっていた。兵ですらこの突然の夜襲に狼狽している。  グリフィスは真っ直ぐにシリルの元へと向かった。おそらくこの騒ぎで心細くしているだろう。そう思って扉を叩くと、意外にも落ち着いた声が返ってくる。  扉を開けると緊張した面持ちではあるが、しっかりと準備を整えたシリルが立っていた。 「何があったのですか?」  不安そうに瞳が揺れている。胸当てをつけ、外套を纏い、小さな荷物を持って腰には慣れない短剣を差している。おそらくある程度の予想はできているのだろう。 「敵襲です。陛下から、シリル様を連れてここを離れるように仰せつかりました。お辛いとは思いますが、同行をお願い致します」 「父上は、大丈夫でしょうか」  なんと答えていいか分からなかった。王の様子からは、なんとも言えない覚悟を感じた。もしかしたらここに残るつもりなのかもしれない。少なくとも率先して逃げるつもりはなさそうだ。 「陛下には陛下の覚悟がございます。貴方は逃げねばなりません。これは陛下の願いであり、王子として生まれた者の義務です」 「義務……そうですね」  辛そうに瞳を伏せながらも、シリルは頷いて歩き出す。それに、グリフィスは安堵したのだった。

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