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第12話 聖ローレンス砦(1)
【ユリエル】
王都陥落の知らせは、聖ローレンス砦にいるユリエルの耳にも届いた。陥落の翌朝の事だった。
「どうにも、殿下の虫は仕事熱心なようですな」
王都にいる諜報の兵が寄こした伝書鳩は律儀に仕事をし、主の傍でご褒美をもらっている。
彼の名はクレメンス・デューリー。ここ、聖ローレンス砦の前首座であり、ここら一帯の領地を治めるはずだった元貴族である。
やたらと言い回しが面倒だが、全て事実だ。貴族社会が嫌いな為に身分をほったらかして騎士となり、現在領地は叔父が統治している。そして一カ月と少し前に、砦の首座もユリエルに譲った。
地位に固執などしないこの男は、それよりも噂のユリエルとお近づきになれた事を楽しんでいる。現在はすっかり、ユリエルと悪い友達となった。
「悪い予感ほど、当たるものですよ」
「さようで」
何とも軽薄な笑みと物言いだが、クレメンスという人物はこういう話し方が染みついているらしい。ユリウスも気にはしていない。
「さて、殿下。こうなっては事態は急を要します。いかがなさいますか?」
鋭く青い瞳がユリエルを見据える。それを受け、ユリエルも素早く引き出しから紙を取り出し、何やら書きつけてクレメンスへと渡した。
「できるだけ早く、これをラインバール平原へ飛ばしてください」
「ちなみに、内容を伺っても?」
「無暗に動くな。平原を死守せよ。まぁ、もう少し柔らかく丁寧に書いてはいますが」
王都を奪われた今、勇んで持ち場を離れる事が一番危険な事だ。特にラインバール平原まで相手の手に渡れば、もう立て直すことができなくなる。
クレメンスも頷いて、それを丁寧に懐へとしまった。
「追加の報告については、今夜にでも報告に参ります」
「えぇ、そうして下さい。私は近隣の砦に同様の手紙を送ります。今個別に動けば兵力を削るばかりです。相手の出方も数も分からないうちは、下手に手も打てません」
問題は山積状態。ここで下手を打てば致命的だろう。
まずは各砦がバラバラに王都奪還を目指して出兵する事を抑えなければならない。それでなくても兵力が散漫している今、各個撃破などされて兵数を減らしてはいざ奪還という段階で兵力が足りなくなる。
次の問題は、敵に港を奪われたことだ。
王都に最も近いキエフ港が敵方に落ちた。これにより、敵兵が国内に入り込んでいるらしい。そして最悪なのが、タニス海軍がキエフ港を拠点としていた為にほぼ全滅。現在海上は敵の思いのままという、間抜けな有様だ。
ついでに言うならば、最も兵力を集中させているラインバール平原から兵を動かせない事。兵の数が減ったと悟られれば攻め込まれる可能性がある。
そして、シリルとグリフィスの身柄がまだ確保できていない事だ。
「出来るところから、とはいいますが。正直、頭の痛い事ばかりです」
「心労お察しいたしますよ、殿下」
「お前に擦り付けてしまいたいですね、クレメンス」
「謹んで、辞退させていただきます」
人を食ったような笑みを浮かべたクレメンスが、丁寧な礼をして退室していく。それを見送って、ユリエルは更に一つ溜息をついた。
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