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第17話 エトワール(3)
執務室を出て、ルーカスは奥院へと向かった。王族の私室などがある場所だ。
そこへ向かう途中、小さな中庭を見つけた。月明かりが青白く照らし出すそこは、小さいながらも綺麗に手入れされている。
そしてふと、そこに無名の碑を見つけた。不思議に思い近づいてみると、それは大きくはなく、あまり立派とも言えない。だが周囲は綺麗にされていて、雑草などはない。
百合の花が植えられ、凛と咲いている。碑自体も、とても綺麗に掃除がされ、磨かれている。
「もしや、墓標なのか?」
だが一体、誰がこんな所に葬られているというのか。しかも無名で。王族の端にある者だとしても、あまりに酷い扱いだ。
だが、大切にしている者がいるのだろう。そうでなければ、これほど綺麗に整えられてはいない。苔もなく磨かれ、美しい花が植わっている。
尊く、そして非業の者が眠るのだろう。だが、きっと高貴だったはずだ。この碑はそこに立つだけで、こんなにも背筋が伸びる。ルーカスは静かに手を合わせ、騒がせたことを詫びた。
その場所から周囲を見回すと、二階の一角に他の部屋とは様子の違う窓を見つけた。カーテンの色や、様子が他とは違う。
何の気もなく自然と、ルーカスの足はその部屋へと向かっていた。
その部屋はすぐに見つかった。同じような扉が続く中で、その部屋の扉だけに百合のレリーフが施されていた。
扉を開けて中に入ると、室内は綺麗に片付けられている。
明かりを灯しても、生活感があまりない。少し大きな執務机に、客人を迎えるソファーセット。少し広めのベッドには、明るいアクアブルーの布団がある。窓にもコバルトの重厚なカーテンがかかっていた。
整頓されたこの部屋から、持ち主の性格も見えるようだ。贅沢を好まず、きちんとした性格をしている。だが、一部好きな物を手元に置いて楽しんでいるのだろう。
部屋の空気はよく入れ替えられ、掃除もされている。だが、背の低い棚の上に置かれている花瓶の百合は萎れていた。おそらく主が留守にして、少し経っているのだろう。
棚の中を見てみると、そこには綺麗なティーセットが数組置かれている。白い磁器に彩色された物が多い。そして数種類の茶葉の缶。部屋の主の趣味だろうか。
だが、ルーカスの目を引いたのはそこではない。その棚には何故か、鍵がかけられている。しかも、幾つもの銀のスプーンが置かれている。セットの数に対して、明らかに多い。だがそこに、シュガーポットなどは見当たらない。
「もしかして…」
毒を警戒していたのか?
銀は毒に反応する。その為、王侯貴族は銀器を好む。その仮説を証明するように、無造作に置かれたスプーンはどれも黒ずんでいた。
「まさか、ここが?」
ルーカスは部屋を見回す。書棚には歴史や政治、経済に関わる書籍が多い。机の中には何一つ物が残っていない。そして、常に暗殺の危険に晒されていた人物。
「ここが、王太子の部屋なのか?」
こんなにも何もない。常に辺りを警戒し、毒殺を恐れ、自身で茶を淹れていた。それほどまでに不遇を背負ってここにいたのか。
そう思うと、気の毒になる。きっと彼の心は、彼が好む百合のように清廉だろう。それを感じさせる雰囲気が、この部屋にはある。
ふと、書棚の中に他とは感じの違う書籍を見つけた。それは、神話や星に関わる本。他の重厚な本に隠れるように置かれたそれを手に取ると、だいぶ読み込んだのか古くなっている。
意外だった。そしてそこに、人間らしさを見たような気がした。
改めて室内を見回す。ここが王太子の部屋であるなら、主が去ってかなり経っているはずだ。だが、毎日綺麗に掃除がされ、空気を入れ替えているのが分かる。
この城にも、彼を慕う者がいた証だ。萎れた百合だって、精々数日しか経っていないだろう。主がいないにも関わらず、誰かが飾っていたのだ。
ルーカスは衣服を脱いで胸元を寛げ、アクアブルーの布団をめくる。そしてそこに寝転がり、今日一日を振り返って穏やかに瞳を閉じた。
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