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第20話 妖しき夜会(2)
【ユリエル】
翌日、改めて辿り着いた兵達を労う宴が催された。
聖ローレンス砦は一気に士気を上げている。ユリエルがいて、クレメンスがいるだけでも一定の士気を保っていたが、そこにシリルとグリフィスが加わったのだ。
「これで王都奪還は見えた!」
そう息巻く者もいるくらいだ。この砦には若い兵も多い。そういう者は単純で、この高揚感に酔いしれている。
だが実際はそう簡単な事ではないと、主要な者達は分かっていた。
その夜、ユリエルはクレメンスの屋敷で夜会を開いた。
この屋敷は現在領主であるクレメンスの叔父の持ち物だが、この叔父は全面的にクレメンスの味方をしている。場所の提供くらいは快く受けてくれた。
程なく怪しい夜会に招かれたグリフィス、シリル、そしてレヴィンを含む五人は、グラスを傾ける事となった。
「皆、本当にご苦労でした。特にグリフィス、そしてレヴィン。貴方達の迅速な行動のおかげで、シリルを無事に保護する事ができました」
「本当に、グリフィス将軍とレヴィンさんにはなんと言ってお礼をすればいいか分かりません。足手まといの僕をここまで連れてきてくれて、本当に有難うございました」
小さな頭を深々と下げたシリルに、名を挙げられた二人は慌てて頭を上げるように促す。そして、互いに行軍の労を思って苦笑を交わしていた。
「さて、グリフィスはいいとして、レヴィン。貴方はここに呼ばれた理由を、正しく理解していますか?」
鋭さのある瞳を向けると、レヴィンは僅かに肩を竦める。だが、その意味は正しく理解している様子だった。
「勿論、そのつもりでここにいますよ。レヴィン・ミレット、命ある限り貴方に尽くしてご覧に入れましょう」
堂々と慇懃に礼をする姿は、どこか道化のようであった。だがそれで、ユリエルは構わなかった。有能かつ、悪事をこなせる者であればよいのだ。
「シリルは、ここにいますか? 話を聞けば否とは言えなくなりますよ?」
その言葉に、シリルは僅かに怯えたようだった。グリフィスがここを出るように促す。だが、次には新緑の瞳が真っ直ぐにユリエルを見た。その瞳には強い意志が宿っている。
「ここにいます。僕も、逃げているわけにはいかないのです。力になれることは少なくとも、知らずにおくほど子供でもいられません」
「…良い覚悟です」
まだまだ幼く頼りないとばかり思っていた弟は、この行軍で確実に強くなったようだった。元々頑固な部分があったが、それに意志の強さも合わさっている。
「では、これより先は無礼講に。殿下と言った者には罰がありますよ」
にこやかに言ったユリエルの言葉に、グリフィスが飲みかけた酒を詰まらせて咽た。じろりと睨んだその瞳に、ユリエルは悪戯な笑みを見せる。
「罰というと、定番は酒の一気とかかな?」
「こらレヴィン、乗るな!」
「いいではありませんか、グリフィス。私は無礼講と言ったのですよ。堅苦しいのがお前の悪いところです」
笑いながら対応するユリエルに、グリフィスも諦めたように息をつく。そして、グラス一杯の酒を一気に飲み干し、また新たに注いだものも飲み干した。飲まずには付き合えないということだろう。
「さて、危険な夜会は始まったわけだが。ユリエル様、今後は何からなさるおつもりで?」
クレメンスが壁に凭れて、実に楽しそうに笑う。より危険な方向へと話しが進むことを楽しんでいるような様子に、グリフィスが睨んだ。
「この方の望みは決まっている。国を取り戻し、王となる。それ以外にあるのか」
酒が入って多少タガが外れたようで、グリフィスが予想よりも大きな声で言う。シリルなどはそれに驚き、ユリエルは愉快そうに笑った。
「お前は的確ですね、グリフィス。確かに、早々に国を取り戻さなければなりません。その算段を立てるわけですが。さて、どうしましょうかね」
「実質、そこが問題だ。兵を集める事はこの際機を見て一斉蜂起という方法が取れるが、問題はあちらの兵力がこれ以上入らないようにすることだ」
「そうなると、キエフ港を抑えないとかな?」
クレメンスの言葉を引き継ぐように、レヴィンは言う。それに、グリフィスとシリルは驚いた様子だったが、ユリエルは大して驚きはしなかった。
「お前は賢いですね」
「それはどうも。まぁ、冷静に考えればそれ以外に侵入路は考えられないでしょ? 陸がダメなら海。ルルエ海軍はおっかないって聞くし、今は怖いものなしなんじゃないかな」
レヴィンの言う事はもっともだ。ユリエルとクレメンスもそこをどうすべきか考えている。そして、兵を送りこんだ方法もまた、大方予想はついていた。
「いくつかの商船が、関所の兵や役人に賄賂を贈り荷や船員の数を誤魔化していると報告がありました。おそらくルルエの兵が商人を買収し、自軍の者を少しずつ送り込んでいたのでしょう」
「まぁ、だろうね。あいつらは金が入ればそれでいいから。でも今は、その商人を罰する事よりもルルエ海軍を叩く方法を考える方が先だね」
レヴィンがご機嫌に酒を飲む。決して呑気な話ではないが、この男が言うと緊張感がない。だが、これは当面最も大きな問題だった。
ただ、ユリエルも決して呑気に構えていたわけではない。この事態を打破する方法を、一応は用意していた。
「では、まずは奴らの兵力を絶てる者を見つける必要がありますね」
「何をなさるおつもりです」
低い声でグリフィスが問う。見ればクレメンスが面白がってどんどん飲ませている。グリフィスは酒に弱いわけではないが、ストレスからか酔うと言葉が荒くなり、遠慮がなくなる。
まぁ、それをユリエルも楽しんではいるが。
ユリエルはテーブルの上にタニスの地図を広げた。そして、この砦から一番近い港を指さした。
「ここ、ローレンスから一番近いマリアンヌ港に、腕の立つ海賊がいるそうです。我が国の軍船も数度、痛い目にあっています」
「まさか、海賊を引き入れようと考えてはいませんよね?」
言わんとしている意味を正しく理解したグリフィスが、睨み上げて問い詰める。それに、ユリエルは溜息をついた。
「誰です、こいつにこんなに飲ませたのは」
「申し訳ない、ユリエル様。随分ストレスが溜まっていたようで」
「責任とって宥めなさい」
「かしこまりました」
苦笑するクレメンスが、「落ち着け」と言って座らせてさらにブドウ酒を注ぐ。どうやら酔い潰すつもりらしい。
「ですが兄上、グリフィス将軍の言わんとしている事はもっともです」
とても遠慮がちに、シリルが言う。チビチビ舐めるようにお酒を飲んでいた彼は、見られる事に一瞬たじろいだようだった。
「確かに、問題もございます。貴方が賊を召し抱えたとなれば、彼らは官軍。そうなれば、兵達は不満を持つ可能性があります。いかがお考えで?」
「私が個人的に召し抱える。秘密裏にね。それで手を打たないのなら討ち取って、罪の償いとして働いてもらいますよ」
「わぁお、豪胆な人だ」
楽しそうに口笛を吹くレヴィンを、グリフィスが睨む。だが、このくらいでしおらしくなる奴ではないだろう。実に楽しそうに、レヴィンはユリエルを見た。
「賊を飼いならそうってわけだ」
「使える者は無理にでも使います。現在、キエフ港が敵方に落ちたままでは人も武器も入りほうだいです。早々に絶たなければ蜂起する事もできません」
「餌は何にするおつもりかな? 奴らの欲しいものをちらつかせないと、乗ってこないと思うけれど」
危険な笑みと鋭い瞳がユリエルを見る。ユリエルには確信があった。レヴィンは何かを知っていると。
「お前の情報、私が買います。知っている事を教えなさい」
「俺の情報は高くつきますけど?」
「レヴィン!」
さすがの言いようにグリフィスは声を荒げる。だが、ユリエルの方は挑戦的にレヴィンを見て、口の端を上げた。
「望みは?」
「うーん、今はないかな。掛売しとく」
「いいでしょう」
怪しい取引が成立し、グリフィスは睨みクレメンスは溜息をつく。思った通り相性のいい相手に、ユリエルは危険な笑みを浮かべた。
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