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第38話 愛の確かめ方【R18】

【ルーカス】  二人が選んだのは、港の傍にあった小さな小屋だった。  鍵のないそこは漁師が道具を置いたり、一時的に休憩する為に使うような粗末な場所だった。ベッドなどは当然なく、土間と一段高くなった板間があるばかりだった。  リューヌがこうした場所を選んでくれたのは、ルーカスにとっても幸いだった。宿を取れないわけではないが、旅人は少ない路銀しか持たないもの。宿など取れば怪しまれる。  板間へと上がり、傍にあったランプに明かりを灯す。柔らかな炎が狭い室内を照らし出した。 「案外綺麗に使っているものだな」 「悪くありませんね。助かります」  意外と綺麗な小屋だ。痛んでいる様子もないし、埃っぽいわけでもない。もしかしたら、日中はよく人が利用しているのかもしれない。  室内を見回すと、隅の方に毛布が数枚折りたたんで積まれていた。手に取ってみるが、清潔なものだ。それを持って、リューヌの傍へと戻った。 「毛布もあるな。寒くはないか?」  詩人の服装は薄く、寒そうに見える。特に夏は薄着だ。腕は綺麗に見えるし、色も白が基調だからだろう。  だがリューヌはやんわりと笑い、首を横に振る。そして、そっと寄り添った。 「心変わりは、ないんだな?」  本当にいいのか、まだどこかで迷っている。責任感という部分では自信があるが、自制心となると自信はない。溺れれば、拒まれても求めてしまう。そんな予感が、ルーカスにはあった。 「嫌なら自分から誘うような事はいたしませんよ。まったく、貴方という人は。奥手にも程があります」  可笑しそうに笑うリューヌに苦笑して、ルーカスはそっと抱き寄せ、顔を上げさせ、その滑らかな額に口付けをした。  長い睫毛を震わせる姿が愛しい。ピクンと、抱いた手に伝わる程度に震えたのが分かった。見上げてくる瞳は、ほんのりと色を帯びている。 「リューヌ?」 「唇にも」  甘い声が誘惑を囁く。その期待に、ルーカスは応えるように指で唇に触れ、そして柔らかく口付けをした。 「んぅ…」  くぐもった甘い声は、背筋を伝う。疼くような声だ。頬を包むように触れてくる仕草は、求められていると確信できて安心した。 「嫌ではないか?」 「滅相もない。続きを…」  うっとりと潤んだ瞳が、心を映している。求められていると分かれば、止めることはない。ルーカスは静かにリューヌの体を床に寝かせると、もう一度口づけた。  これほどに、官能的な口付けはない。ほんの少しこうしているだけで、血が全身を巡り、目の前の体を貪ることだけを考えてしまう。酔わされるとはこういうことを言うのだろう。心臓の鼓動が、徐々に早くなっていく。 「何を求める、リューヌ?」 「愛のある交わりを。それ以上は望みません」  心が浮き立ち内側から熱くなる交わりなど経験がない。無機質なものは慣れていたが、そこに感情はない。とても事務的なもので、愛情など湧きはしない。故にどこか、虚しくて心に残らなかった。 「俺は人を、親愛以上に愛した事はない」 「では、学べばいいのですよ。今、私で。私も他人を愛した事などありません。だからこそ、どういうものなのか知りたいのです」  似ているのかもしれない。そう、ルーカスは思った。彼もまた恋愛という観点では、他人に興味がないのかもしれない。  ではそんな彼が、少し強引に誘ったのはどうしてなのか。そこに、求める気持ちがある事を期待してしまう。ルーカスは微笑み、頬に手を当て、もう一度口づけた。 「では、築いていこうか。知らぬ者同士、手探りに」  ルーカスには何かしらの確信があった。この湧きおこる感情に、偽りはないと。この狂おしい昂ぶりに、間違いなどないと。  横たえたリューヌの首筋に唇を寄せた。心地よく、滑らかな肌は柔らかく、白く綺麗だ。彼の衣服は夏の詩人らしく、首から胸元が開いていて、首筋や鎖骨が露わになっている。脱がせずとも、触れることができる。  ルーカスは露わになった首筋を愛でる。皮膚の下の温かな流れが伝わるようだ。濡れた吐息を耳元に感じる。そして、恥ずかしげに漏れる声は、体の芯を疼かせた。 「ぅ…」 「温かいな。リューヌ、心地よいか?」 「えぇ…。貴方の肌にも、触れたい」  その願いを聞いて、自分が未だしっかりと着こんでいる事に気づく。随分と性急にしてしまったかもしれない。  苦笑して体を離し、上半身を脱ぎ捨てる。注がれる視線を感じて、気恥ずかしいような気分で苦笑した。 「リューヌ、君の肌も見たい」 「えぇ」  帯を解き、薄い上着を寛げ、その下の袖のない衣服も脱がせると、白い肌が露わになった。  だが、その体を見てルーカスは違和感を覚えた。詩人にしては鍛えられている。足腰が強いのは、旅をする身なのだから頷ける。だが、普通ではつかない部分の筋肉も引き締まっている。これは、剣を握る者の体だ。  だが、それでもルーカスは構わなかった。旅人も詩人も、なった理由がある。彼だって最初から詩人だったわけじゃない。元剣士か、傭兵だったのかもしれない。剣は持たずとも、護身用に体術くらいは学んでいても不思議じゃない。  何より今はそんな事を疑問に思い、あれこれ詮索して気分を下げるよりも、この時を楽しみたかった。

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