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第57話 王都包囲網(キエフ戦)
【ファルハード】
騒々しくなった外の気配に、ファルハードは耳をそばだてる。そして近くにいるアルクースを肘で突いた。
「始まったみたいだな」
ファルハード同様起きていたらしいアルクースも、その言葉に頷いて周囲を警戒した。
彼らは王都奪還が始まる一月も前からキエフ港に潜伏していた。表向きは荷を上げ下ろしするための労働夫として。だが本来の目的は戦いが始まった時に怪しまれずに動けるようにだった。
「どうするの、お頭。奴らが出た後で門を奪取するのと、捕えられた兵を救出するの。どっちやる?」
「兵の救出がいいかな。門の方はお前に頼む」
「了解。それじゃ、動くよ」
ゆっくりと起き上がったファルハードは慎重に扉へと近づき、周囲の様子を伺って外へと出た。
外では多くの兵が既に出兵した後だった。数日前から突然四千強くらいのルルエ兵が押し寄せた時には、さすがに肝が冷えたが。今はおそらく一千くらいか。
「それにしても、あの人の予想って当たるのな」
感心しつつ呟くのは、この作戦が始まる前の事だった。
シャスタの面々は事前に働き口を探しに来たふりをして潜伏し、時が来たら動くようにと任務が与えられた。その時の話である。
「おそらくルルエ軍は挟撃に出るでしょう。大人数で城に立てこもるよりも、多少いい戦いができますから」
冷静そのもののユリエルだったが、ファルハードは生きた心地がしない。挟み撃ちできるくらいの大軍を相手になんて、とても戦えないと感じたのだ。
「なぁ、殿下。俺達がそいつらと戦うのか?」
恐る恐る聞いてみると、ジェードの瞳が丸くなり、次には大笑いされた。
「まさか、そこまで鬼ではありませんよ。勝てない戦いはしません。安心なさい」
「いや、だってさ…」
「貴方達には捕えられた兵の解放と、人の出払ったキエフ港の占拠をお願いしたいのです」
ほへ? としたファルハードの脇を、アルクースがこつく。恥ずかしいと言わんばかりだ。
「殿下が引き付けてくれるので?」
「えぇ。動かないと言うならば、動かしてみせます。グリフィスが追い立てますから、貴方達は港の門を占拠し、グリフィス達を迎え入れてくれればいいのです」
「つまり、町に籠城できなくすればいいってわけだ」
アルクースは溜息をつき、次には鋭い視線をユリエルに投げる。こういう時は大抵、ちょっと怒ってる。
「殿下、自分を囮にして敵を引き出そうってのはさ、大将としてどうなの?」
ファルハードの視線もユリエルに向く。アルクースみたいに非難するのではなく、悲しい目で。
戦った時に思った事がある。この人は真っ先に、自分の身を晒していると。一番危険な場所にあえて立っているんじゃないかと思う。そういう生き方しか、知らないみたいだ。
「餌は魅力的でなくてはなりませんよ」
「なぁ、殿下。危ないと思ったら無理しないってのも、大事だぜ」
思わず出た言葉に、ファルハード自身が驚いた。ハッとして口を噤んだが遅い。ユリエルはとても意外そうな顔をして見ていた。
「ファルハード?」
「あぁ、いや。…いや、いいんだ。あんたがそうしたいなら、誰も止められないんだし。ただ、あんたが怪我するとさ、痛いのはあんただけじゃないと思ってさ」
かっこ悪い事を言った。戦う者の気を削ぐような事を言ってしまった。反省していると、不意に頭を撫でる誰かの手があった。
アルクースが笑って、頭を撫でていた。まるでガキにするように。
「よく言ったよ、お頭。俺もそう思う。だから殿下、あんま無茶しないようにね」
重ねて言ったアルクースに苦笑したユリエルが、柔らかく笑って頷いた。
あの顔を思うと、気合が入る。あの人は今、危険を承知で前線に立っている。それを助けてやりたい。
ファルハードは既に、ユリエルという人物がけっこう好きだった。いや、助けてやりたいと思えていた。沢山のものを背負うように立つその姿を支える一人であろうと、思ったのだった。
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