83 / 178
第83話 真実(3)
【レヴィン】
森の中を進んでいたレヴィンは、突如その足を止めた。
研ぎ澄まされた感覚が、僅かな違和感を伝えてくる。立ち止まり、その場で更に周囲を探るレヴィンにファルハードが声をかけた。
「レヴィン将軍?」
「先に行け。目的を忘れるな」
レヴィンの緊迫した声に、ファルハードは素直に頷く。そして、目的に向かって走り抜けていく。
レヴィンだけが行く先を変えて走り出した。そしてその先に、一人の青年の姿があった。
年は二十歳そこそこだろうか。小柄な青年だ。緑色の大きな猫のような目が特徴的に見える。だが、その腰に下がっている物は友好的には見えなかった。
「タニスの密偵かな?」
「そちらは、ルルエの暗殺者かな?」
「何かその言われ方、気に入らないな。一応、ヨハンって名前があるんだけど」
腰に手を当てて子供っぽく膨れるヨハンを見て、レヴィンは呆れたように苦笑する。
「僕が名乗ったんだから、そっちも名乗りなよ。お墓に名前が無いのは寂しいでしょ」
「中身が子供だね。まぁ、いいけれど。タニス国将、レヴィン・ミレット」
互いに名乗り、二人は改めて向き合った。
ヨハンは腰に差した大きなダガーを二本手に取って逆手に持つ。そして、初動なしに一気にレヴィンとの間合いを詰めた。
レヴィンの剣はそれを寸前で止めた。剣を抜く手にこれほどの速度と力を要した事はないだろう。一瞬で懐に入ったヨハンのダガーは間違いなく、レヴィンの首を狙っていた。
だが、ヨハンの攻撃はこれで終わらない。もう一本のダガーが脇からレヴィンに切り込む。これに、レヴィンは忍ばせていた短剣で受け止めた。
「やるね、あんた」
「死ねないんでね」
「それは、お互い様だね」
剣のぶつかる音がする。間合いを互いにとりながら、彼らは正面から伺うように相手を見た。互いに猫のように瞳孔が細くなっている。殺し合う人間の目だ。
レヴィンが前に出るのと同時に、ヨハンも前に踏み込む。
レヴィンも剣を逆手に持っていた。剣のぶつかる激しい音。睨み付けるその視線に、笑みが浮かんだ。
ドキドキと同時に、ワクワクする。薄く傷を負っても、痛みなど感じていなかった。
「いいね、楽しいよ!」
「あぁ、楽しいよ。楽しいだけならこのまま続けたいけれど、俺は勝たなきゃならないんでね」
こいつにここを突破されるわけにはいかない。砦でシリルが待っている。危ない橋を渡ると、あの子は泣くかもしれない。でも、この場は捨て身でも倒さなければ。こいつはシリルにとって、脅威になる。
ヨハンのダガーは一般的な物よりも反りが強く刀身が長く頑丈だ。瞬足と合わせて手が悪い。まずは動きを止めるのが先だろう。レヴィンも瞬足で柔軟だったが、彼よりも長身で武器が重い。縦横無尽に動く相手に対しては不利だ。
厄介な相手に当たった。
そう思うばかりでは止める事はできない。
レヴィンは動き出した。手元を隠しながら、ヨハンに攻撃を仕掛けつつ罠を放つ。深追いはせず、間合いに気を付けて踏み込まない。待っているのだ、彼が焦れて間合いを詰めるのを。
「いい加減踏み込みなよ!」
苛々した口調で、焦れているのが分かった。
激しいぶつかりを避けているから、楽しくないのだろう。そういう子供っぽい所があって助かった。レヴィンは内心ほくそ笑む。そして、最も得意とする武器を強く意識した。タイミングは、一瞬だ。
イライラが募ったように、ヨハンが強く地を蹴った。今まで以上に早いスピードで懐に入りこまれたレヴィンにダガーが迫る。一本は受け止めた。だが、他にも気を取られていた事と予想以上のスピードに脇が甘くなった。
掠めるようにダガーの切っ先が脇を裂く。痛みが熱のように伝わって、痛覚を即座に麻痺させる。だが、レヴィンは薄く笑ってさえいた。
「何笑ってんのさ? おかしくなった?」
「いや、違うよ。やっと、捕まえたから」
ヨハンは猫のような目を丸くして、止めの一撃を振り上げようとした。だが、その手は動かない。手だけじゃない。足も、腕も動かない。無理に動かそうとした部分から薄く、血が滲んだ。
それは、目に見えるかどうかというほど細いワイヤーだった。レヴィンの手首につけたブレスレットに仕込んだそれが、ヨハンの動きを完全に封じていた。
「さぁ、捕まえた。もうここから一歩だって、動けはしない」
絡みつけたワイヤーはそう簡単には取れない。レヴィンはそれを思いきり振り回した。
予想通り、ヨハンの体はとても軽い。小さな体が飛んでいき、木にぶつかって派手な音を立てる。体を丸めて衝撃を軽くしたようだが、それでも地面に転がって気を失っていた。
レヴィンはヨハンの体をワイヤーで縛り、傍の木に括りつけた。殺す事も考えたが、それよりも先行しているファルハード達と合流する事を優先したのだ。
斬られた脇腹からは血が止まらない。布を当て、強く抑え込むが動き回るから意味がない。スピードを優先したから、重い装備はつけなかった。布の服の下に着たチェーンメールがなかったら、さすがに致命傷だっただろう。
ふと、戦場に目が行った。タニスの前線は目的地付近まで引きあがっている。作戦は順調に進んでいるだろう。
ならば、レヴィンもここで倒れるわけにはいかない。フラフラとしながら、それでもレヴィンは森の中を駆けた。
ともだちにシェアしよう!