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第82話 真実(2)
【ユリエル】
開戦のファンファーレが鳴る。
ユリエルはわざと目立つ格好で前線に立った。白馬に乗り、白い甲冑を纏う。頭を覆う物はつけず、額を守るティアラだけを付けた。その姿は神々しく、戦の天使が舞い降りたようだった。
「全体の統率を乱すな! どんなに絶望的でも、生き残る事を考えろ!」
ユリエルが飛ばす檄に、騎兵も歩兵も鬨の声を上げて応えた。
ユリエルの隊は騎兵ばかりだった。だが、その数はそう多くはない。後方を行くグリフィスは逆に、大勢の歩兵を従えている。見ればルルエは定石通り、騎兵で固めている。
「クレメンス、合図を忘れないように。私の事は捨て置いていい」
「分かった、とは言い難いのですが。ご安心ください、必ずや期待に添いましょう」
それぞれが位置につく。ユリエルは前線に、グリフィスは本陣に。既に動き出している別動隊は、とっくに森の中を進んでいるだろう。
互いのラッパが鳴り、太陽が僅かに翳った。それを合図にしたように、二つの国は土豪を上げて雪崩れ込む。ラインバール平原は敵味方入り乱れての乱戦となった。
ユリエルはその最前線に立ち、一瞬のうちに存在を示した。
前方から槍を構えた兵を剣の一撃で討ち果たし、横から突き立てられた槍の先を切り落として落馬させ、そのまま止めを刺す。ユリエルは騎乗しても槍は使わない。愛用の剣一本で、戦場を渡る。
ユリエルは周囲を見回した。前線は予定通り、タニス軍が押していた。どんどん前線を引き上げていく。それを確認し、更に前線を上げるべく乱戦の中へと身を躍らせる。
幾人もの敵を切り捨て、味方の死を近くに感じて、白い衣服を赤く染めて、ユリエルは単騎敵陣に切り込んだ。
無謀にも見えるが、そこはユリエルの力量だ。上手く馬を操る。そうして何十人目かのルルエ兵を地に伏せた時、不意に力強い馬蹄が聞こえた。それは明らかに、これまでの者とは違った。
「たぁ!」
ルルエ本陣を切り開くように現れたのは、目にも鮮やかな赤い装備の青年だった。まだ若いその将兵は槍を突きだす。ユリエルはそれを弾き、逆に相手の腕を狙った。だがそれは上手くかわされてしまった。
二頭の馬は馬首を返して向かい合った。戦場がそこだけ切り取られたように、二人の周囲が自然と開く。赤い騎士はユリエルをマジマジと見て、軽く口笛を吹く。感心したようだった。
「俺の一撃を弾いた奴なんて、久しぶりだな。あんた、何者だ?」
「人に名を尋ねる時は、まず名乗るのが礼儀ではありませんか?」
凛と通る声が戦場に響く。この騒音の中でも、ユリエルの声ははっきりと届く。赤い騎士は目を丸くし、その後は愉快そうに笑った。
「ルルエ国、第三師団師団長ガレス・ヴィヴァース。あんたの名を聞き、堂々と戦いを挑みたい!」
何とも気持ちのいい青年だと、ユリエルは笑った。真っ直ぐで堂々として、強く頼もしい。不正を許さぬ強い意志もあるだろう。
そんな彼を見て、ユリエルは綺麗な微笑みを浮かべ、宣言通り名乗りを上げた。
「タニス国王、ユリエル・ハーディングと申します」
「…!」
優雅に礼をしたユリエルに、ガレスは目をパチクリとした。おそらく、上手く飲みこめなかったのだろう。だが徐々に状況が理解できてきたのか、口をパクパクさせて指を指した。
「あんたが、タニス王!」
「さぁ、死合いましょうか」
優雅な仕草で剣を構えたユリエルに、ガレスは気圧されるように槍を構える。その表情には明らかな恐れが浮かんでいるように見えた。
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