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第81話 真実(1)

【ユリエル】  翌日は、雲の無い晴天だった。ただ風は強い。その中、ユリエルは敵陣をしっかりと見据え、最終的な打ち合わせを行っていた。 「ファルハード、足に自信のある者を集めてレヴィンと共に森を突っ切り、敵陣の武器庫、及び兵糧庫を爆破してください。無理はしなくていい。相手の戦意を下げる事が目的です」 「了解だぜ、陛下」 「敵の伏兵がいるかもしれません。その時には無理をせずに引き上げるか、緊急信号を送りなさい。助けに行きます」  神域の森に兵を伏すことはないだろう。だが、あちらもタニスの陣中に人を送り込む可能性はある。そういう者と鉢合わせになる可能性はあった。 「私は先頭に立ちます。グリフィスは今回、序盤は陣中に残ってください。クレメンスは周囲をよく見て、作戦通りに。機を見誤ると自軍の被害が甚大です」 「心得ております、陛下」  今回の戦いにおいて一番の鍵を握るクレメンスが、恭しく礼をする。それに、ユリエルはしっかりと頷いた。 「物資の輸送、兵の補充などはヴィトにお願いしました。後方の心配はとりあえずしなくていい。ロアール、負傷兵の手当てを優先してください。傷の深い者を早めに聖ローレンス砦まで下げていい」 「了解、陛下」  ロアールも頷き、砦の中に作った救護所に引っ込んでいく。それを見送り、ユリエルは外を睨んだ。 「あちらも、準備はできているようです。全員、生きて戻りなさい」  最後の命令は、ユリエルの願いだった。  外に張った本陣テントの背後には、石造りの城壁と砦。その扉が僅かに開いて、小柄な少年が駆けてくる。そして、ユリエルの前に立って一つ頭を下げた。 「兄上、ご無事で」 「えぇ、分かっています。シリルも、しっかり見ていなさい」  戦えないシリルには砦の守りを頼んだ。見えている場所で近しい者が危険に晒される恐怖を、それでもシリルは受け入れた。強い瞳がしっかりと、ユリエルを見た。 「ほら、レヴィンにも挨拶をしてあげなさい。彼も危険な役回りです」  それを聞いたシリルが血相を変えて走っていく。その後ろ姿を、ユリエルは温かな笑みで見送った。幼い少年の恋路は、まだ始まったばかりだ。  ふと、自分の胸にも溢れるものがあった。今どこで何をしているのか分からない人。どうか元気であればいい。この戦いを収めたら、再び出会える事を願っている。その為には、生きていなければ。  ユリエルは深く自らに誓い、前へ出る。そして、黒い波にも見える兵達を見据えた。 ============================== 【レヴィン】  その頃、レヴィンはシリルに捕まっていた。しかも、ファルハードとアルクースの目の前で、強く抱きしめるように捕まっている。 「あの…シリル?」 「待っています、レヴィンさん。ちゃんと無事に、帰ってきてください。怪我とか、気を付けてください」 「あぁ、うん…」  なんというか、凄い目で見られている気がする。レヴィンは向けられる視線の痛さを感じていた。ニヤニヤしながら見ているファルハードなんて、後で尻を蹴とばしてやりたいくらいだ。 「愛されてるねー、レヴィン将軍」 「ファルハード…」  後で偶然を装って襲ってやる。  心に決めて、レヴィンはとりあえずシリルを落ち着かせる事を考えた。こういう時に遊び人の根性が役に立つ。まずは笑みを浮かべて、視線を合わせて、頭を撫でるのがいい。 「大丈夫、帰ってくるよ。心配しないで待っておいで」 「待っています。貴方に何かあったら、僕は兄上でも許しません」  こういう所が予想外で、ちょっと心を掴まれそうになる。あの怖い兄に立ち向かおうっていうのだから。少し笑って、レヴィンは強く頷いた。  やっと安心して離れてくれたシリルを砦に返した後、レヴィンはファルハードを睨み付ける。素知らぬ顔をすれば許したのに、いちいちビビるのがまた気に食わない。 「ほんと、愛されてるよねレヴィン。ちょっと妬けるかな」 「アル…」  アルクースにまでそんな事を言われると、ちょっと悲しくなる。だが、それに続いたのは冷やかしではない、温かな言葉だった。 「いいじゃないか。これで、絶対に死ねない理由ができた。シリル殿下に感謝しないとね」  それは、確かにそうだ。死ねないどころか、あの子を守る為には勝たなければという意識まで生まれる。そう、ここを突破されれば後方のシリルが危険に晒される。それだけは、絶対にできない。 「おっ、表情しまったなレヴィン将軍。いい顔してるぜ」  気の引き締まったレヴィンを見て、ファルハードがニッと笑う。普段なら腹も立ったが、この時はまったくそんな気が起こらなかった。 ============================== 【ルーカス】 「ヨハン、森を通ってタニス本陣の奇襲。ガレスは先陣を任せる」 「了解です」  敵陣と自陣の図を前にして、ルーカスは言う。二人の信頼できる仲間は、それに頷いてくれた。 「ガレス、十分に気を付けてくれ。敵は強い」 「それはいいけれど、陛下は?」 「俺は少し見ている。どうも、一筋縄ではいかないような気がする。妙な動きがあればすぐに知らせるから、無暗に突進するな」  ルーカスの言葉に、ガレスは妙な顔をする。だがそれにも納得ができる。今までルーカスは、常に戦いの先頭に立っていたのだから。 「陛下、僕はどうすればいい? 敵陣の大型兵器の破壊は了解してるけれど、他は?」  不敵に笑ったヨハンの言葉に、ルーカスは瞳を細める。そして、迷いながらも口を開いた。 「タニス国王ユリエル・ハーディング、敵将グリフィス・ヒューイット、クレメンス・デューリーは生かしておけば災いとなる。この三名については、早めに討ち取りたい。そして、王子シリル・ハーディングについては絶対に殺すな。彼を殺せばタニス平定は困難だ」  タニス王家の血が絶えれば、ルルエに向かう憎悪はとんでもないものになる。どんな者が王となるかもわからない。そんな面倒御免被る。 「グリフィス将軍か、一度戦ってみたかったんだよな。戦場で黒衣を見たら帰ってこられないって噂だしな」  ガレスは楽しそうにそう言って拳を握る。その様子に、ルーカスは苦笑した。 「二人とも、生きて帰ってこい。無駄死には許さないぞ」  ルーカスの言葉に、二人はしばし沈黙し、その後とてもいい笑顔で頷いてくれた。

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