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第138話 貴方に捧ぐ
【シリル】
その夜、シリルはレヴィンが来るのを待っていた。
いつも以上に入念に体を磨き上げ、湯に温まった体はホカホカとしている。ローブだけを着て所在なく座っていると、コンコンと静かにドアがノックされた。
ドアを開けた先に、レヴィンはいた。白いほっそりとしたローブに、まだ湿り気のある赤い髪。紫色の瞳は、普段の鋭さが抜けている。
「いいかな?」
「はい、どうぞ」
招き入れ、ドアを閉める。この部屋にレヴィンを招いたのは初めてだ。ここは精々ユリエルがくるぐらいだった。
室内を見回して、レヴィンも落ち着かなくしている。柔らかな緑の天涯のついたベッドに、テーブルセット。そこに、お酒を用意していた。
「飲みますか?」
「あぁ、えっと…いや」
ビクッと体を震わせたけれど、レヴィンはその誘いを断った。
ゆっくりと、シリルは距離をつめる。そしてその胸に顔を埋めた。
「先に、聞いてもいいですか?」
「なに?」
「まだ、僕の事が好きですか?」
聞かずにはいられなかった。
レヴィンがシリルを好きだと言った時から、シリルは変わった。綺麗な人間ではなくなった。人の…友人の命を奪った。沢山の感情を知ったけれど、いい感情ではないと思う。
背中に、そっと手が添えられる。緩く抱き寄せられる、これがこの人の優しさ。決して強引ではないし、押しつけない。少しもどかしい、この人の優しさだ。
「好きだよ」
「僕は綺麗じゃなくなりました。誰かを憎む心を知りました。貴方の事となると、僕は誰も許せません。貴方なくして、世界が成り立ちません。依存しています…。これは、綺麗な事ではありません。貴方の好きになった僕では、なくなっています」
「そうだね」
「それに、僕はグランさんを…貴方の友人を殺しました。本人が望み、皆が許してくれたことでも、事実に変わりはありません。この手も、綺麗ではありません。貴方が最後まで拒んだ事を、僕はしました。それでも、好きでいてくれますか?」
聞いておかなくては怖かった。有耶無耶にはできなかった。好きだからこそ、これを無視できない。好きでいてもらいたい。でも、強要できるものじゃないし、そんな事をしたら崩れてしまう。
レヴィンはゆっくりと瞬いて、頷いた。
「好きだよ」
「惰性じゃありませんよね?」
「違う」
「…」
ジッと見つめてしまう。まだ、不安がある。言わせている気がするのだ。
レヴィンが真剣な目で、そっとベッドまでシリルの手を引いた。そして、たっぷりと思案するような顔で話始めた。
「確かに、綺麗なままでと思っていた。けれど、穢れを嫌ったわけじゃない」
「いいんですか?」
「いいよ。シリルには圧倒的に、負の感情が足りなかったし。それに、少しだけ嬉しくもあるかな。俺に対して、そんなにも独占欲を出してくれるのは」
やんわりと頭を撫でて行くその瞳は、大好きな優しいものだ。甘えて、腕にもたれかかる。
「それと、グランの事もいいんだ。あいつはそれを望んでいた」
「人殺しですよ」
「誰に向かって言ってるの? それ、ちょっと傷つく。シリルの数百倍、俺は誰かの命を奪ってきたんだよ」
そう言われると少し困る。自分の穢れに気を取られて、この人の痛みを見失ったみたいに振る舞ってしまうことを後悔した。
「それとね、少しだけグランが羨ましいかな」
「羨ましい?」
「うん。治療はしてるけど、俺だってどうなるか分からない。その時、シリルは俺の事も終わらせてくれるのかなって」
「え…?」
考えていなかったことに、胸が痛む。不安なままに心臓が痛くなってきた。
「終わらせて、看取ってもらいたいな。なんて、ダメな事を考えている。大事な人に預けてしまえるのは、終わりの見える奴からすると魅力的なんだ。泣いてくれる人がいるのは…覚えていてもらえるのは嬉しい。生きててよかったなって、思えるんだ」
こんな話を聞きたくなかった。不安で苦しくなる。
でも、向き合っていかなければいけない事でもあった。
レヴィンの治療は手探りだ。この後、まだ戦いはある。ルーカスの問題はまだ終わっていない。いや、戦なんてなくてもこの人の体がどこまで耐えてくれるかなんて誰も…本人も分からないんだ。
「ごめんね、苦しい話をして。どうしても、言っておきたかった。知られたなら、覚悟してほしい。頑張るし、抗っていくけれど、それも限界があるから」
「………っ」
「ん?」
「貴方の最後を、ちゃんと看取ります…。笑って…幸せでしたって言って……忘れずにずっといられるように…寂しくないようにするから……」
ヒクリと胸が上下する。ギュッと手を握って、それでも流れた涙を抑えられなかった。
嫌だ、終わりなんて。嫌だ、別れなんて。置いていかれるくらいなら、一緒にいたい。でも…それをこの人は望んでいない。何より生きていないと、この人の事を覚えていないと。
「長生きして、もらいます…うっ……一緒にいてください…死ぬなんて言わないでください…ひっく…ふぅ…嫌です、思い出だけなんて……長くいてください…」
「シリル…」
「生きるんです、ずっと……貴方が僕の前からいなくなっても…ずっと連れていきます……僕の中でずっと、生きていてもらうけれど…でも触れられないのは苦しいです…話せないのは苦しいです! 一緒にいてくれないと苦しくて、息ができません。いてくれないと困るのに、そんな事を先に言わないで…まだ覚悟なんて出来ません! 僕はまだ、そんなに大人じゃありません! 心から愛してる人の終わりなんて、まだ見つめられるほど大人じゃないんです!」
ダメだった。大人な答えは導ける。でもできない。苦しくて悲しくて、終わる日なんて受け入れられない。側にいて、話をして、触れあっていたい。思い出と心の中だけなんて耐えられない。
そっと、頬に手が触れた。重なった唇は熱くて、とても優しかった。
「ごめん…」
「謝らないでください」
「ごめんね…」
「レヴィンさん」
「…死なないよ。死ねないでしょ、こんなに言われたら。俺だって、残してなんて行けないよ。死にきれないよ。分かるかな? 俺だって必死だよ。こんなに色んな事に抗う事なんて、初めてなんだよ?」
小さく笑った人が、大きな手で頬を拭ってくれる。溢れ出るものを、拭って温めてくれる。
「諦め癖のついてる俺が、シリルのことだけは諦められない。目に見えないものに、今必死に抗ってる。いい大人が、みっともなく縋り付いているんだ。約束する、諦める事だけはしない。最後までかっこ悪くてもあがくから、側にいて。辛い時は辛いって言う。苦しい時はちゃんと、苦しいって言うから」
「約束ですよ」
「あぁ、約束。そのかわり、見捨てないでよ?」
「見捨てません」
「俺、泣くかもよ」
「一緒に泣きます」
「…好きだよ、シリル。一緒に生きてくれるかな?」
「勿論、喜んで。僕の全部は貴方のものです」
やっと、吐き出したかったものを吐き出した。レヴィンも言いたい事を言えたのか、すっきりとした笑みで抱き上げて、覆うようにキスをくれる。触れただけのそれは、徐々に深さを増していった。
ヒクンと、体は跳ねる。ローブを脱ぎ捨てた体を、レヴィンは抱いている。最後までしてもらいたいと願った。痛くてもいいからと言った。最初レヴィンは拒んだけれど、最後には頷いてくれた。
「んあぁ!」
今、後ろを解す指は三本に増えた。それぞれの指が違う動きをしているのが分かる。中で広げられるようにすると、押されていく圧迫感がある。
唇はずっと、シリルを咥えている。上下されるだけでおかしくなりそうで、シーツを硬く握った。
「もう少し慣らさないと、痛いから」
「ふぁあ!」
時折指が何かを押し込む。その度に、重く痺れて腰が浮き上がってしまう。心臓がドクドクと鳴って、どうしようもなく押し出されるように嬌声を上げている。
唇がまた、追い上げるように動いている。既に一度達してしまっている。レヴィンの唇に包まれ、奥を暴かれて出してしまった。恥ずかしいけれど、それが分からないくらいまた追い立てられた。
「レヴィンさん、やだ!」
「気持ちよくなりたくないの?」
「僕ばかりなんて嫌です! 痛くてもいいから、レヴィンさん」
欲しい。感じていたい。
低く、息を詰めた感じが分かった。ぬるりと中を犯していた指が抜かれ、そこに熱いモノが触れる。そしてズッと、押し入ってきた。
「あぁぁぁ!」
裂けるような痛みに悲鳴が上がる。体が痛みに萎縮してしまう。深く割り開いた膝を抱えたまま、レヴィンもまた辛そうな顔をした。
ポタリと汗が伝い落ちてくる。苦しそうに表情を歪めるレヴィンを見上げて、シリルは必死に息をした。受け入れるように解そうと、浅く深く息をする。どこかで力が抜けないかと、色々試した。
「ゆっくりでいい…息、吐いて…」
「でも…」
「焦ってもどうにもならない。俺はいいから、まずは息吸って…吐いて…上手だよ」
まだ、一番太い部分が入り込んではいない。とても中途半端な状態で、辛そうだ。言われるままに息をして、そのうちに少しずつ、楽になった。
「いい子、上手だよ。もう少し痛いけれど、ごめん」
「謝らないで…んっ……んぅぅ!」
ズズッと入り込む部分に引き延ばされた入り口が悲鳴を上げている。でも、一番太い部分を飲み込めると楽になった。後は少しずつ抜き差しをして、ゆっくりと収まっていく。
体の中が熱かった。擦り上げる感覚に肌が粟立つ。でも、ジワリと腰の辺りが痺れていく。押し入られる度に、痛いとは違う声が上がった。
「はぁ、あぁん、んぅ!」
「気持ちいい?」
「はい。ふぁ!」
硬い先端が気持ちのいい部分を押し上げた。瞬間、痛みなんて忘れて仰け反ってしまう。酸欠になりそうで、でも安心して任せた。何かの拍子で心臓が止まるんじゃないかと思う事もある。でも、それでもいいとすら思えてしまう。
全部が埋まったその幸福感は、感じた事がないほどだった。与えられる熱が嬉しい。
崩れる様に上体を倒したレヴィンの背中は、しっとりと濡れている。愛しい人の背を撫でて、熱く濡れた舌を受け入れた。上も下も絡まるように繋がっている。くらくらする感覚だ。
「まずい…気持ちいい」
「ダメですか?」
「溺れそう…」
「溺れてもらわないと困ります。僕、貴方を虜にしなきゃいけないんですよ」
痛みが和らいでいる。慣れてきたんだと思う。だからこそ、言える事だ。
腰の辺りは相変わらず重く痺れている。甘く全身が震える。でも、ちゃんと何かを言う事はできる。
「僕はまだまだ、大人の貴方を繋いでいられない。子供だから、不安です。ちゃんと虜になってもらわないと、困ります」
「もうどっぷりだよ……っ、入れただけなのに、結構くるな…」
そう言いながら、少しずつ腰が揺れている。揺すられると、中のものが擦られる。それが微妙な刺激になって、甘く甘く背に走っている。
「ふぅ…」
「あぁ、ごめん。我慢できなくて」
「気持ちいいです…おかしくなりそう…」
「いいよ、可愛いから。いっぱい、声も聞かせて。俺も気持ちいいし」
倒れていた体を起こしたレヴィンが、両足を持ち上げる。そして、緩く抜かれ、ズンと奥を突かれる。
「あぁ!」
熱く熱くなっていく。内壁を擦り上げられ、奥を突き上げられる。内臓を揺さぶられるような感覚は、甘く気持ちよく思考を奪う。
徐々にそれが深くなっていく。ギリギリまで抜かれ、それが一気に奥を突き上げた時には飛んでしまった。そして同時に、達してしまっていた。
「っ! やばい、吸い付いて食われる…あぁ、もう…ごめん!」
「はっ、あぁ!」
苦しいくらいに抱えられて、何度も乱暴に腰を進められて、訳もわからずに声を上げた。
でも、感じている。レヴィンのものがとても熱く、苦しいくらいにピッタリと埋めている。達したばかりの敏感な体は、痛みのような快楽を体に刻んで行くけれど、どこか心地よくもある。
「シリル!」
余裕のない声が名を呼んで、強く繋がった部分が打ち込まれた。そして、奥の部分でレヴィンの熱を受け止めた。たっぷりと注ぎ込まれるそれを、ぼんやりと受けいれている。
「レヴィン、さん…っ」
おねだりするみたいに名前を呼べば、分かったようにキスをくれる。熱を吐き出すそれと同じくらい熱い舌が、奪い取るように絡められる。
安心する、その勢いや熱に。嬉しかった、求められる事に。まだまだ足りない子供の体にも、こうして精を送り込んでくれる事に。欲情してくれることに。
ゆっくりと浅くなるキスが、互いの余裕を示している。涙の浮かんだ瞳を上げて、紫色の瞳を見つめる。いつまでもこうして繋がっていたい余韻がある。
「痛くなかった?」
「痛くないです」
「気持ちよかった?」
「とても」
「…ダメだ、溺れる。俺も凄く、気持ちよかった。ごめん、大人の余裕とかなくて」
反省したようにふにゃりと歪む瞳を見上げて、シリルは笑う。そして、触れるだけのキスをチュッとした。
「もっと、溺れてください。僕がいないとダメってくらい、溺れてくれないと困ります。余裕のレヴィンさんじゃ困るんです。もっともっと、求めてくださいね」
にっこり笑って言うと、レヴィンは恥ずかしそうに顔を染めて頷いた。
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