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第137話 和平へ

【シリル】  王都につくと、大変だった。  まずはロムレット達の罪が大きく民へと公表され、処刑が行われた。ニューブラッドと呼ばれる新興勢力は、こうしてついえたのだ。  政治が混乱するのではないかと、民も臣下も不安そうだったがそうではない。人は減ったがそれを補うように、オールドブラッドがユリエルの前に膝を折って臣下の礼を取った。そこにはブラムや、年齢を理由に断った者もいた。 「ブラム!」 「シリル殿下、お久しぶりにございます」 「どうして…」 「ユリエル陛下はなんとも強引な方。大変な混乱が起こる故、自らの子を自らの手で立派な国の忠臣に育てよと仰せだ。その代わり、目障りは全て廃すると」  どうやらユリエルは前線から、とにかく色んな指示をだし、自らも動いていたらしい。  彼らが空席となった多くの席を埋め、長年の経験でもって国を動かし始めた事で混乱は起こらなかった。  そして、ユリエルはニューブラッドの処遇も考えていた。  通常、謀反などの国家に弓を引く罪で当主が処刑されると、その家族にも類が及ぶ。後の憂いを断つ一つの方法で、歴史的にもそうされてきた。  けれど、ユリエルはその家族にまで責任を負わせなかった。残された奥方や子供は、それは怯え既に死んだような顔をしていた。だが、集められた女性やその子をユリエルは寛大に許した。  望むなら家名も残し、財も三分の一を残す。屋敷や、必要な使用人もそのまま引き継ぎ暮らせる事を約束した。同じ土地に住めないと申し出た者には静かな家を用意し、そこに使用人を連れて余生を送ることを約束していた。  そしてニューブラッドの子供達で成人した者を、城で取り立てる事にした。これには心配性のクレメンスが最後まで難色を示していた。暗殺や謀反の可能性が増える事を危惧したのだ。  だが、ユリエルは穏やかに笑って一蹴してしまった。「こんな若輩に殺されるくらいなら、もっと昔に死んでいる。彼らの謀反を許す無能な王なら、それが引き際なのだろう」と。  やっぱり、ユリエルは綺麗で強い。シリルはこんな風には言えない。人を許す広く寛大な心はやはり難しく思えた。  なんにしても、こうして許された人の大半はユリエルに感謝した。命を助けられ、家を守られ、生活を守られ、子も殺されずにいずれは国を支える人物になる。地獄に落ちると思った彼らにとって、これは何よりの救いとなったに違いない。  ニューブラッドの家から押収した三分の二の財産は、戦死した人々に惜しみなく支払われた。同時に、そうした人々の支援などにも使われる事となった。  「少しは残しとけばいいのに」と言ったレヴィンに、「あぶく銭は身につきませんから、最も必要な部分に渡すのですよ」と言っていた。  戦いで傷ついた兵や、それによって戦う事が出来なくなった人々にも支援が行われ、新たな職につけるように相談場所まで設けられた。絶望した人々の心のケアにまで、ユリエルは気を配っている。長く軍籍にいた彼の、これは必要最低限の事らしかった。  なんにしても、こんな忙しさが一ヶ月は続いた。前線を守るグリフィスからの手紙などで石橋の修復状況をこまめに見ながら、ユリエルは怒濤のように国内を整えていく。  この人はやはり、王となる人だった。その頭の中に理想とする国の姿があり、その為に必要な事が分かり、目的の為には惜しみなく全てをつぎ込む。そうした力を持つ人を側で補佐しながら、シリルは誇らしい気持ちだった。 「それにしてもさ、ユリエル陛下は忙しすぎるな」  なんて、レヴィンはのんびりと言う。軍人としての仕事が落ち着いたレヴィンは、城の中でのどかな時間を送っている。少し暇そうでもあった。 「でも、活き活きしています。やりがいがあるのだと思います」 「そりゃそうだ。ようやく色んな事を動かせるようになったんだ。見ろよ、国の様変わり。みんな見る間に整えられる法や保証に感激したり感心したり。人の間じゃユリエル様、『賢王』なんて呼ばれてるんだぜ」  「似合わないよな」なんて付け加えて、レヴィンは苦笑する。それに、シリルも思わず笑ってしまった。 「まぁ、何にしてもあの人は痛みを知ってる王様だ。しかも潔癖で、優秀だ。民にとってはいい王様になる。痛みを知ってるってことは、優しいってことだ」 「ですね」  シリルもそれには頷いた。  今回一番不安を抱いていたのは、戦死した人の家族と、傷ついた兵本人だった。一家の大黒柱を失い、悲しみよりも今後の不安を強く感じていた人は多かったらしい。そうした人々への手厚い支援は、安心と信頼に繋がった。  そして傷ついた兵も他の道を選び学ぶ時間と支援を受けられて感謝を示した。背負う家族などの心配をしなくて済んだのだ。 「あの人の人心掌握って、けっこう的確な。不安を煽る事はせずに、そこに手を差し伸べて安心を信頼に変える。そうした信頼を示す事によって、他の人にも安心感を与える。欲があると出来ない事だよ」 「すっごくお金つかったみたいだし」 「それでもまだ余ってるニューブラッドの財産って方に、俺は正直げんなりだけどな」 「本当ですね」  本当に、どれだけの物をため込んでいたんだってくらいだった。財源の確保がどのくらいか心配していたユリエルも、集まった物を見て思わず呆然としたほどだった。 「こっからだな」 「ですね」 「やるか」 「はい、勿論。僕はまだ、グランさんに誓った事の半分しか出来ていません。平和で明るい国を作る。そう、約束しました」  これからだ。その意気込みは更に強くなる。弱く城の中で過ごした。そこから飛び出した今、一回りも二回りも強くなって、シリルは立っていた。  少し落ち着いた頃、シリルはレヴィンと一緒に玉座の間にいた。玉座に座る兄の姿は、戴冠式以来に思えた。前に膝をついた二人に、ユリエルは静かに言った。 「王の勅命を言い渡します」 「はい」 「レヴィン・ミレットを軍籍から除名します」 「!」  その言葉には、流石にレヴィンが体を震わせ顔を上げた。シリルも驚いて顔を上げる。だが、ユリエルの目は静かなものだった。 「それは受けられません! 陛下、俺は軍人です。そこから出されては俺の意味が…」 「その代わり、新たな使命を与えます。レヴィン・ミレットを王弟シリル・ハーディングの近衛長とし、同時に側近とします」 「…え?」  固まったシリルとレヴィンは、マジマジと互いを見た。  一気に言われたから、理解が追いつかなかった。 「今後、レヴィンはシリル預かりとなります。シリルは今後、国にとってなくてはならない人物となるでしょう。危険が増すことも考えられます。守り、支えなさい。今後はシリルの命に従うように」  再び、マジマジと見る。それは…今後レヴィンは常にシリルの側にいて、主をシリルとして、戦場に出る事はなくずっと…。 「兄上…」  思わず玉座の間だという事を忘れて、シリルは呟いた。本来は咎められる。シリルはユリエルに臣下の礼を取ったのだから。  でも、何も問わずにユリエルはにっこりと笑い、シリルを手招いた。 「これを、レヴィンにつけてあげなさい。貴方が主となって、彼を守りなさい。戦場に立たせる必要はない。側に置いて、幸せにしてあげなさい」 「はい、陛下」  受け取ったのは側近の勲章。胸につけるそれは、臣としては最も誉れなものだった。 「あの、陛下。これをつける前に、少しだけ話させてください」 「構いません。席を外しますか?」 「いえ、それは平気です。ただ、少しだけ」 「構いませんよ」  穏やかに笑い、背を押してくれる。受け取った物を手に、レヴィンの側へと戻ったシリルはレヴィンを見た。彼はとても困った顔をして笑っていた。 「レヴィンさん」 「俺に、務まるかな?」 「勿論です。僕はまだ弱いですし、前線で兄上の仕事を手伝うつもりでいます。危険な場所に戻るつもりです。だから、助けてくれる人が必要です」 「戦えるのに、戦わないんだよ?」 「貴方はもう戦えません。戦わせません。傷つけさせません。沢山生きて、一緒にいてくれないと困ります。貴方が死ぬときは、僕の死ぬときです。僕を長生きさせたかったら、怪我などしないでください」  にっこり笑ったシリルに、レヴィンは困ったように笑って頷き、ユリエルを見た。 「戦場には出ない。だが、密偵の仕事はさせてもらいたい。俺なら国内と前線を早く駆けられる。ここまで関わったんだ、今更蚊帳の外にされるのは嫌だ」 「シリル、いいですか?」 「はい、お願いします。レヴィンさんが大きな怪我をしないなら、納得出来るようにしてください」 「分かりました。私が今後レヴィンに仕事を頼む時には、シリルも同席してください。最終的な判断は二人でしていい。断っても構わない。他の手も探せます」 「分かりました」  シリルとレヴィンは改めて頷く。そして、シリルはレヴィンの胸に側近の勲章をつけてあげた。 「レヴィン、シリルの側近となった貴方に奥院への出入りを許します」 「奥院?」 「って、僕の部屋に?」  奥院は城の奥、王とその家族、そして一部の側近しか入る事を許されない。ユリエルがここでそれを許しているのは、グリフィスとクレメンスくらいだ。  王となってから、ユリエルは奥院の自室にはあまり戻らずに執務室の隣にある仮眠部屋で寝起きする事が常になっていたし。 「私は執務室の方で寝起きしますから、好きにしなさい」  ニヤリと笑ったユリエルの、実に楽しそうな顔を見ると顔が熱くなる。つまりは、自分に気兼ねなくそうした事をしなさいって事なんじゃ…。  レヴィンを見上げると、彼も少し赤くなって頭をかいていた。  何にしてもそうした人事が決まった。でも、いまいち顔を見られないままだ。隣を歩くレヴィンもまた、なんとも言えない顔をしている。 「人事、決まったようだな」 「ロアール先生」  待っていたらしいロアールが歩み寄って、ニヤリと笑いレヴィンの脇をつつく。そして、胸に光る側近の証を見ていた。 「よっぽど、お前を死なせたくはないらしい。国内は落ち着くだろうが、前線はそうも言っていられないからな」 「密偵としての仕事は受ける」 「無理すんな。体調どうだ?」 「少しすっきりする。でも逆に、バカみたいな初速で走る事はできなくなった」 「そらいいことだ」  ロアールが安心したように言った。  レヴィンとフェリスの治療は進められている。薬に詳しいアルクースも一緒になって、投与された薬を中和、解毒する方向で動いているらしい。  長年蓄積し、無理をさせているのは薬が染みついてそのように動いているから。その影響を緩やかに抑えつつ、今まで無理をしてきた体を回復させるよう食事と運動とを繰り返している。 「アルクースの解毒薬、すんごい効くんだよな。ファルハードやシリルは不味いって言うけど、俺もフェリスも陛下も美味いんだよ」 「体が有害な毒素に冒されてるとそう感じるらしい。陛下も大概だからな」  困った様子で言うロアールの言葉には、シリルも痛みを感じた。  ユリエルが長年毒殺の危険に晒されていた事を、シリルは最近になって知った。それに加え、ユリエルは自身でも毒を摂取して危険を減らしていた。王となって、その手は執拗になっているらしく流石に顔色が優れない事がある。水に食べ物にと、あれこれだとか。  知ったとき、そいつを見つける事を提案した。クレメンスもそれを提案していたらしいが、ユリエルは放置するそうだ。きりがないから構うなと。  アルクースの薬を、今はユリエルも飲んでいる。ため込みすぎるのは良くないからと。 「前と様子の違う事はあるか?」 「そうだな…。よく眠れるようになった。後、食事の量が増えたかな。運動して体力や筋力の増強はしてるけど。多分味覚も鋭くなってる。色々美味い」 「そりゃ良かったが、食べ過ぎると太るぞ。せっかく薬の影響が抜けてきても、太れば命縮めるぞ。他の病気でな」 「気をつける」  苦笑したレヴィンに、ロアールも満足そうな顔をして去った。 「良かったですね、レヴィンさん」 「だな。正直少し驚いてるが、いいことだ。食い物がこんなに美味いなんて、知らなかったからな」  にっこりと笑ったレヴィンに、シリルも嬉しく笑った。  グランヴィルの料理を食べた時に、味が濃いような気がしたのは勘違いじゃなかった。本人達も治療が進んで初めて気づいたらしいのだが、味覚障害、睡眠障害を起こしていたらしい。眠くなる時間が増えた事と、眠りが深くなった。そして味が分かるようになって、少し食べすぎるとフェリスも言って困っていた。  でも、いいことだと思う。楽しい事が一つ、増えたのだから。 「あの、レヴィンさん」 「ん?」 「…今日、僕の部屋に来ませんか?」 「え?」  真っ赤になって、シリルはレヴィンを見上げた。丸く見開く紫の瞳が、戸惑っているのは分かった。  だがシリルも決めていた。ユリエルも長く王都にいるわけではない。石橋が修復される前にはリゴット砦に戻るのだし。 「レヴィンさん」  縋るように見上げる先で、レヴィンは何かを一つ決めて確かに頷いてくれた。

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