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第142話 来訪者(2)

 奥の部屋にはシリルとレヴィンも控えていた。  憔悴したフィノーラを見たレヴィンは驚き、声をかける。それにほんの少し笑みを浮かべたフィノーラは、精一杯気丈な顔をした。 「話してもらえますか?」 「はい」  ソファーに腰を下ろしたフィノーラは一度息を吐いて、ゆっくりと起こった事を話し始めた。 「事件は四日前です。私たちはマリアンヌとキエフの間を警戒しながら航行しておりました。そこで、非武装の他国船を見つけたのです。全く動かず、座礁でもしているのかとメイン船だけで近づいたのですが、それとは違う船が突然側面から追突してきて、側面を割られました」  手が震えている。この話からは絶望的な情景しか浮かばない。ユリエルは手を握り、静かに頷いた。 「囮の船で引き寄せて、船体武装した船で体当たりをして船に傷を付けられたのですね」 「はい。しかも敵の船から軍人のような人達が移ってきて、沈みそうな船の上で激しい白鯨戦が行われました」 「ヴィトはどうしたのです?」  彼がいればそう簡単にはやられないはずだ。彼の強さはユリエルがよく分かっている。  だがフィノーラは静かに首を横に振った。 「最初の衝撃で、私を含む数人の者が海に投げ出されました。その後、ヴィトが全員に海に逃れるように叫びながら敵の攻撃を一人で防いでくれていたのです。そのおかげで、船員は全員海上に逃れましたが、あの子だけが…」  それだけを言って顔を覆い泣き出したフィノーラは、おそらく限界だった。  ユリエルは唸る。ヴィトは勇敢で強いが、流石に数の優勢を覆せはしないだろう。むしろ攻められながらも全員を海上に逃がせただけで立派だ。だがそうなると、彼は…。 「こっから先はわいが話しますわ。姉さん、限界や」  横合いからの声に、ユリエルも静かに頷く。許しを得たツェザーリは、事を起こった順番に話はじめた。 「わいはルルエでの取引後、タニスへと航行しとった。その海上で姉さん達を拾ったわけや。それが、三日前。周囲にはそれらしい船もなかったんで、座礁した船の船員かと思って引き上げたら、そこな姉さんがユリエル陛下へ知らせな言うもんだから、ここまで連れてきたんや」  親切心だと言わんばかりのツェザーリだが、決してそれだけではないだろう。彼は商人だ。ユリエルとコネクションができる、それを狙ったのは見えている。 「後は陛下もご存じの通り、感動の再会とあいなりまして」 「分かりました」  多少、唸る所はある。襲撃した船が今どこにいるのか、それすらも現状掴めていない。  だが、船は補給が必要だろう。そうなればどこかの港に寄港はしている。フィノーラ達を襲う事を目的としたならこちらへの敵意も当然あると思っていい。ならば、まだこの近辺にいるかもしれない。 「フェリス」 「はい、陛下」  物陰から音もなく現れた女性に、ユリエルとレヴィン以外の者がビクッと肩を震わせる。だがそんなものは一切無視して、フェリスは優雅に一礼をした。 「キエフ港に行って、情報を探して下さい。この数日、マリアンヌ港近辺で妙な船を見なかったか。また、見慣れない入港者がいないかどうか」 「畏まりました」  一礼をして、今度は堂々と入り口から出ていく。それら全てを食い入るように、全員が見守っている。 「彼女、確実に心臓に悪いですね」  クレメンスの呟きが妙に大きく聞こえて、この状況だというのにユリエルは笑ってしまった。 「クレメンス、私の不在を他の家臣達から隠す事はできますか?」 「可能です。陛下は長く行軍と治世に邁進しておられます。一段落ついた今、多少その疲れが出たとて何ら不思議ではないかと」 「任せます」 「仰せのままに」  一連の流れを見ていたフィノーラとツェザーリが目を丸くしている。フィノーラは期待と葛藤の見える眼差しで、ツェザーリは信じられないと言わんばかりだ。 「シリル、私が不在の間の内政をお願いします」 「畏まりました、陛下。レヴィンさんは、どうしますか?」 「そいつは船の上では役立たずですよ。船酔いが酷くて使い物になりません」  言われ、レヴィンは恥ずかしく頭をかいている。だが、ついてくるとは言わなかった。 「ちょっと待った! 陛下、生きてるかも死んでるかも分からん奴を助けに行くつもりやないでしょうね?」  焦ったようにツェザーリが言うのに、ユリエルは当然と頷いた。頭が痛いと言いたげな奴は、ブンブンと頭を左右に振っている。 「そんなん、めっちゃアホらしいことや。えぇか? 生きてへん! 絶対生きてへん!」  そう力説されて、フィノーラは項垂れる。ただ無言で拳を握り、涙を堪えて耐えている。だがユリエルはふわりと笑い、フィノーラの手に手を重ねた。 「それでも行きます」 「なんでや!」 「ヴィトは私の大切な仲間です。だからこそ、助けに行くのです。見捨てたりはしない。もしも手遅れだったのだとしても、救うのです」 「陛下…」  ジワリと浮いた涙を、フィノーラは必死に堪えようとしている。それに、ユリエルはしっかりと頷いた。 「行きましょう、フィノーラ。ヴィトを助けに行きますよ」  その言葉に、フィノーラは頷いて泣き崩れた。その頭を抱いてやりながら、ユリエルもひたすらに願う。どうか、無事であってくれと。

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