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第178話 語り部
【ユリエル】
詩人が語る最後の音が響き、観衆は割れんばかりの拍手を送る。立ち上がり、丁寧にお辞儀をした詩人は、そのジェードの瞳に人々を映した。
どれほどかいつまんでも二時間はかかる建国の物語を、子供達まで聞いてくれた。一生懸命手を叩きながら「王様かっこいい!」と声を上げている。
「ねぇ詩人さん。この国の王様は二人いるの?」
「えぇ、そうですよ」
「黒い王様しか、私知らないわ」
「私は知ってるよ! 白い王様」
はしゃぐ子供の声に、詩人は柔らかく微笑む。
「白い王様は、少しだけ恥ずかしがり屋なのですよ」
「そうなの?」
「えぇ」
子供達が「可愛い」なんて言うのを聞いて、大人達も笑っている。そして詩人も笑っている。
「最初の歌は間違いなの?」
少し年齢が高そうな少女が問いかける。それに詩人は笑って頷いた。
「最初の歌は傷つき倒れた黒の王と白の王を歌ったものです。そこを乗り切った今、この話の最後はこのような歌で締めくくられるのですよ」
詩人は竪琴を奏でる。これまでの波瀾など思わせぬほど、優しく美しく、抱くように。
『国に二王並び立ち
泰平の世は祝福を得る
願わくば末永く
月は夜に抱かれて』
互いを思い側にある、二人の王が欠けぬようにと願った歌は建国の物語の最後を飾る。女性は二人の王の恋物語を自分に置き換えうっとりと憧れ、男性は英雄である王の勇に憧れる。
詩人は真っ直ぐ前をみた。ラインバール、かつての戦場は今、最も栄えた都となった。建国後五年、王城から伸びたこの噴水広場は、多くの人で賑わっている。
「このような悲しい戦いを経て、今があります。故に建国の夜は花を捧げ、国の為に散った者達に祈りを捧げるのですよ」
多くの人が倒れた。数多の命が消えていった。この事実は変えられない。
だからこそ、忘れてはならない。この日は祝いであり、戒めだ。過去を忘れてはいけないのだという、為政者達への戒めの日だ。
「さぁ、子供達。今一度花を手向けてあげてください。この平和ができるだけ長く続くよう、祈りを込めて。貴方たちが、この平和を維持していくのだと胸に秘めて」
詩人の言葉に促され、子供達は駆けていく。大人達もそれにつられ、散っていく。人のいなくなった噴水の縁に腰を落ち着けた詩人の隣に、黒衣の旅人が一人腰を下ろした。
「まったく、姿が見えないと思ったらこんな所にいたのか、ユリエル」
言われ、詩人ユリエルは楽しく笑った。
「懐かしい格好ですね、ルーカス。初めて出会ったあの夜の再現かと思いましたよ」
「俺も同じ事を思った。今日は、良い月だ。こんな日は月より使者が舞い降りる」
「そして隣に、夜がある」
かつてタニスと呼ばれた国の王都で、二人の王はこうして出会った。人のいない噴水の縁に腰を下ろした詩人を、夜を纏う旅人が見つけた。
「よい、光景ですね」
「あぁ」
子が笑い、大人がつられて笑い、手を取り合って歩いていく。声が溢れるその中を、祈りの炎がパチリと爆ぜる。
決して、平坦ではなかった。夢見た先に広がったものは、困難の方が多かった。それでも、支えてくれた人々がいる。手を取り合って共に歩んだ人がいる。そうして今、ここにある。
ユリエルは穏やかに、ジェードの瞳を細めた。その隣でルーカスもまた、穏やかに人々を見ていた。
「行こう。明日は本格的に祝賀の儀式やパレードもある。シリルやレヴィン、ヨハンも明日の朝一にこちらに到着する」
それぞれの仕事や任務を得て、数ヶ月顔を合わせていない人々が、明日は一堂に会する。それを心待ちにしている。
立ち上がり、手を取って歩き出すその手を、ユリエルは見つめて強く思う。
願わくば、この手をずっと離さぬまま、永久にこの夜が続きますように。
END
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