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第3話 道行き

 翌朝、僧が目を覚ますと旅人の姿はなかった。  虚しいと感じると同時に、安堵もしていた。明るくなって、こんな姿で一体何を言えばいいのか分からなかった。  ただ驚いたのは、気絶する様に眠っている間に旅人が僧の体を拭ってくれていたことだ。おかげで、体は綺麗だ。  日は既に高い。衣服はすっかり乾いている。  僅かに怠い体を引きずるように起こし、僧は山寺を後にした。  隣町は大きな港をもっている。  僧は一日をかけて峠を越えて町まできた。  そういえば旅人は、ここから船に乗ると言っていた。  もちろん先立つもののない僧は船などには乗らない。  だが考えていた。あの旅人は、無事にここまでこられたのだろうかと。  船の見える港の横を、通ってみようか。  船着場まで行った僧は、そこで旅人によく似た男を見つけた。  だが、身なりが違う。  綺麗な着物を着ていて、腰には刀をさしている。雑に纏められていた髪は結われていて、顔立ちが似ているものの同一人物かといわれれば自信がない。  だが男は僧を見つけると、こちらへ近づいてくる。僧はそれを見ているばかりで動けなくなっていた。 「やっぱりあんた、旅にはむいてないな」 「え?」  その声は、その口振りは、間違いなくあの旅人だった。 「あの……」 「覚えていないなんて連れないことを言うなよ。なんなら体に聞くか?」 「結構です!」  ニッと笑った男は間違いなく、あの日の旅人だ。 「でも、その格好……」 「立派な格好をして旅をするなんて、襲ってくれと言わんばかりだからな。それに、下手に刀を差していない方が安全な場合もある。身分も偽れるし、なんなら素手でも切り抜けられるぞ」  粗末な格好をしていた理由を簡単に説明した旅人が、ふっと僧を見る。そして、問答無用で腕を掴むとずるずると船の方へと引きずり、強引に船に乗せてしまった。 「よーし、出せ!」 「ちょっと!」  だが僧の抗議など水夫は聞き入れてくれない。旅人の言葉に従って船は陸を離れていってしまった。  焦ったのは僧だ。わけがわからない。そして旅人は説明をしない。 「どういうことです!」 「簡単だ。あんたはこれから俺について旅をするんだ。あちこち行けるぞ」 「そうじゃなくて!」  なんで自分を!  抗議の目を向ける僧に、旅人はほんの僅か表情を崩し、側に寄った。 「気に入ったんだ。どうしても側においておきた。寺で大人しくする気がないなら、俺の旅につきあえ。丁度坊主が欲しいと思っていたんだ」  武家のお抱えともなれば安泰だ。流れの僧としては願ってもない事だ。  だが僧は素直にそれを受け入れられない。 「勝手な事を言わないでください。なにより理由が思い当たりません」 「体の相性?」 「絶対にお断りいたします!」  僧が怒ったように言うのを笑った旅人が、不意に真剣な目で僧を見る。  その深い瞳に捕まって、僧は視線を逸らすことができなかった。 「冗談。いや、相性はよかったんだが、それとは別だ。こんな生活ではいつ何があってもおかしくはない。そうなったら、誰に冥土の面倒を見てもらえばいいか、分からない」  真剣な顔で言った旅人が、力なく笑う。  その表情はどこか穏やかで弱く、優しげでもあった。 「こんな事を頼まなくても、もしもの時は勝手にやってくるんだろうと思うんだけどな。でも、どうせなら気に入った相手に弔ってもらいたくてな」  胸が僅かに痛んだ。そんな事を考えているようには思えない旅人が、寂しい事を言うのが辛い。  だが僧もまた、素直にはなれなかった。 「ついてきてくれないか?」 「どうせ拒んだところで強引につれて行くのでしょう」  旅人はニッと笑う。そっぽを向いて言った僧の真意を見抜いたようだった。 「そうだな、連れて行くかもしれない」 「ならば私に拒否権はないでしょう。供をするよりほかにありません」  素直ではない僧の言葉に、旅人は嬉しそうに笑う。  そして僧もまた、旅人に見られないようにそっと微笑むのだった。 完

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