就業時間を迎え、脩は一人暗い夜道を歩いていた。 　駅から実家までの途中の道にある、桜の木が今年も見事に咲き誇り、生暖かい夜風が花びらを散らしていた。 　実家から会社までは、電車で二十分ほどの距離にある。本当だったら、電車は使いたくなかった。女性が近くに立つと、緊張感で体が強張ってしまうからだ。 　脩は会社の近くのアパートに住みたいと、頭の中では考えてはいる。考えるだけで、実現するのは難しいことだろう。 　途中の道で、まっすぐ家には向かわずに小さな公園にいつものように足を向けた。夜八時近くになると、この辺りを歩く人はほぼいない。脩は車止めの間を抜け、公園内に足を踏み入れていく。 　ブランコに滑り台、土に埋まった半分だけのタイヤ、ポツンと佇む一台の自動販売機、少しペンキの剥げかけたベンチが一つ置かれただけの寂しい公園だ。昼間ですら利用されているのか怪しいところだ。 　脩はいつものように、自販機で缶コーヒーを買うとブランコに腰を下ろす。 　大人がブランコに乗るのは、正直恥ずかしい気もする。でも、この時間帯であれば誰も見ていないだろう。 　漕ぎもせず、ただ座ってゆっくりとコーヒーの苦味を口の中で楽しむ。この瞬間だけが、脩とってはホッと出来るひと時だった。 　ぬるい風が頬を撫で、黒い髪がサーッと揺れる。公園内の木々のざわめきをBGMに、脩は静かに目を閉じ、頭の中を空っぽにする。 「先輩？」 　突然声が聞こえてきたことで、脩は驚いて顔を上げる。目の前に立つ男に、思わず唖然としてしまう。そこには秋良が、驚いた顔で立っていたのだ。 「な、なんでここに？」 「先輩こそ……なんでこんなとこにいるんですか？」 「なんでって……この近くに住んでるから……」 「僕もアパートがこの近くなんです。そこの道を歩いてたら先輩の姿が見えたんです。俯いてたから具合でも悪いのかと思って……」 　思わず声かけちゃいまいしたと秋良は付け足すと、気まずそうに視線を背ける。 「ああ、ごめん。大丈夫だから」 　秋良もこの辺りに住んでいるのかと分かると、余計に血の繋がりを意識してしまう。大抵は前世に出会った人物が、今生でも近しい存在で出会うことが多いとネットで見たことがあった。 　専門家が周りにいるのにも関わらず、母親の手前やはり聞くことが出来なかった。仕方なく、自分で調べてみるものの、嘘か真か分からずに半ば諦めていた。