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「脩。私は家を出ることには反対しないよ」 「あなたっ!!」  道雄が静かに切り出した言葉に、脩は驚いて視線を向ける。道雄は腕を組み、静かに目を閉じていた。その隣で恵美子が、縋るように道雄の肩を揺すっている。 「ただ、帰省の際は必ずついてきてほしい。言わなくても、脩はそうつもりなんだろうけど」 「うん。もちろんだよ。兄さんとも美世ちゃんとも約束したからね」  二人で話を進めていることに、恵美子は狼狽え青ざめていた。 「ねぇ、あなた……なんで了承するのよ……」 「脩ももう立派な大人だ。これ以上、口を出したところで脩の決意は変わらない」  道雄が優しく微笑み、恵美子の頭を撫でる。恵美子は全身から力が抜け落ち、項垂れてしまう。恵美子からしてみたら、今まで味方してくれていた道雄が寝返ったのだから愕然としているのだろう。 「引越しの日が決まったら、ちゃんと教えてくれ」 「分かった。ありがとう、父さん」  恵美子の様子は気になるが、一先ずは肩の荷が降りる。これから秋良のところへ行って、この事を話そう。そして、二人で暮らす部屋を決めよう。久しぶりの高揚感に、脩は思わず頬を緩めた。  秋良に連絡を取ると、焦る気持ちを抑えつつ秋良の部屋へと足を向ける。  ジリジリと照りつけてくる夏の日差しが、行く手を阻むかのように肌に焼き付いてきた。それでも、さっきとは違い足取りも軽い。  結局、二人には秋良の話はしなかった。今はしないほうが良いだろう。恵美子は最後まで悄然とした顔で俯いていた。納得はしていないのは目に見えて分かる。それなのに、秋良の事まで言ったら発狂してしまうのではないかと不安があった。  秋良のアパートの部屋の前でインターホンを鳴らす。居なくなっていたらどうしようと、一瞬不安が過るものの、すぐさま扉が開かれた。  出てきた秋良を部屋に押し込め、脩は思わずしがみつく。 「良かった……いなくなっていたらどうしようかと思った」  少しだけ背の高い秋良の肩越しに顔を埋めて、脩は肩を震わせる。

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