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「過ぎた時間は取り返すことは出来ない。でも、前に進むことは出来ると思う。それに、僕は約束したんだ……また、遊びに行くって」  脩は涙を零し、恵美子を見つめる。清治の言葉を借りて、恵美子の心が少しでも変わってほしいと願わずにはいられない。 「美世ちゃんも立派だったよ。頑張って勉強して、僕を助けてくれるんだってさ……確かに、あの場所は普通の人から見たら異様だろうし、今回の事件が起こってしまうような危険もあるかもしれない。それでも、その定めを受けた以上は逃れられないんだ。だからこそ、たとえ狭い籠の中だったとしても、その中で幸せに生きていかなくちゃいけない」  必死で言葉を紡いでいく。少しでも、恵美子の心の殻を破って、清治ときちんと向き合って欲しかった。 「脩……すまなかった……私がもっと、清治のことを考えてやればよかったんだ。恵美子の為とはいえ、浅はか過ぎたのかもしれない」  道雄が静かに頭を下げる。その横で、恵美子は相変わらず青ざめた顔で涙を流していた。 「これからは僕も、ちゃんと自分の人生と向き合って行こうと思ってる。だから――」  脩は一旦言葉を切り、静かに息を吐き出す。これは自分が前に進むための一歩と、秋良と一緒に生きていく決意だ。自らを奮い立たせ、脩は口を開く。 「家を出ようと思ってる」  言ってみると思いの外、心が軽くなる。今までは、考えていただけで実行に移すことを諦めていた。でも、今は違う。秋良の傍にいるためにも、例え反対されたとしても実行に移すつもりだった。 「脩くん……本気なの?」  案の定、恵美子が顔を上げて力なく見つめてくる。 「うん。これは前々から考えていたことだから」  断言するように、はっきりと告げると恵美子の目を見つめ返す。もう、後には引くつもりはなかった。 「駄目よ! もう、貴方まで失ってしまったら、私……」 「母さん! 何も失ってなんかないよ! 兄さんだって僕だっているじゃないか。距離が離れたからって、心まで離れたわけじゃないんだ」  やっぱり、自分の言葉だけでは恵美子の心を動かすことが出来ないのだろうか。恵美子を悲しませないと、幼い頃から心に誓っていた。それでも、このままで良いはずはない。

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