106 / 106

エピローグ

「秋良! 何でここにいるんだよ! てか、あれは兄さんの子供だから」 「でも、先輩だったら良いお父さんになれると思いますけどね」  どう答えて良いのか、脩は思わず言葉を詰まらせる。自分たちは一生、子供を持つことはないだろうし、そもそも女性が苦手なのだからちゃんとした家庭を持てるはずがなかった。 「それよりも、何でここにいるんだ?」  脩は同じ質問を繰り返す。秋良はあの事件以来、この村からは足を遠のいていたはずだ。帰省はいつも脩一人でしていて、秋良はいつも留守番をしていた。それなのに、何の連絡もなく目の前に立っている。 「先輩のお兄さんから連絡があったんです。母が亡くなったそうで‥‥‥お葬式には顔を出さなかったですが、せめてお墓参りには来ておこうかと……」  秋良が喪服であることに気づき、脩は息を呑む。この場に似つかわしくない出で立ちをしているので、訝しくは思っていたがまさかそんな事情があったのは知らなかった。 「兄からはそんな話は聞いてない……」  三日間も滞在していたのに、清治からは何も聞いていなかった。 「正直、お墓参りに来ることも迷っていました。そこで田端家の人間に会ったりでもしたら、何を言われるか分かりませんからね」  秋良が目を伏せて悲しげに微笑む。 「まだ行っていないんだろ? なら一緒に行こう」  手に花を持っているところを見ると、これから行くつもりなのだと分かる。秋良一人では心細いだろうし、何かあっても嫌だった。 「えっ? 良いんですか?」  秋良が驚いたように目を見開く。脩は秋良に近づき、そっと空いている手を取る。 「当たり前だろ。どんな母親であれ、秋良の産みの母親であることには変わりないんだからさ。秋良がそうしたいなら、僕もそれに付き合うよ。どんなことでも……」  脩は覚悟を示すかのように、秋良の手を強く握る。 「ありがとうございます。あの、先輩……」 「ん?」 「ずっと一緒にいましょうね」  秋良は今までで一番の笑顔を向け、脩の手を強く握り返す。 「当たり前だろ。約束したんだから」  脩が微笑み返すと、一陣の風が吹き桜の木が揺れる。散りゆく桜の花びら達が、舞い踊るように散っていく。  秋良と出会った春に見た散りゆく花びらの姿よりも、何倍も美しく脩の目に写り込んだ。   end

ともだちにシェアしよう!