105 / 106

エピローグ

 春の穏やかな風が頬を掠め、桜の花びらが狭い公園の中で静かに舞っている。  夜の公園にはよく来ていたが、昼の公園はなかなか来る機会がなかった。今こうして、缶コーヒーを片手にブランコに腰を下ろしている事に、不思議な気持ちが込み上げてくる。  脩は目の前で楽しそうにサッカーボールを蹴る五才の少年に目をやる。それにしても元気に駆けずり回るものだと、感心してしまう。三十過ぎてみると、子供の相手も正直厳しくなってくる。  ボールを蹴る音を聞きながら、脩は静かに目を閉じた。久しぶりの瞑想に、穏やかな気持ちがこみ上げてくる。  そこへ自動車の排気音が聞こえ、脩は目を開ける。首だけ後ろに向けると、黒塗りの車が一台止まっていた。 「清太! 迎えがきたから帰るぞ」  脩は立ち上がると、清太に近づく。清太は喜々とした表情から一変、ボールを手に抱え少し不貞腐れた顔に変わてしまう。 「えー、まだ帰りたくない」 「良いから。ほら」  脩は清太を促し、後部座席の扉を開けて待つ冴木の元へ連れて行く。  清太の背を押しつつ、大きくなったなと感慨深い気持ちが湧き上がった。社会人になると、時の流れの早さに気づく機会が少ない。だからこそ、子供の成長を見ていると早いものだなとそこで実感してしまう。 「僕はもう少しだけ、残っても良いですか?」  脩は冴木に問いかける。まだ、手に持っている缶コーヒーが残っていた。それに、昼の公園をもう少し楽しみたいという気持ちもあった。 「構いませんよ」 「えー、一緒に帰らないの?」  冴木の了承とは正反対に、清太は不服そうに頬を膨らませている。 「先に戻って、おやつでも食べてて」  脩は冴木にお願いしますと言うと、冴木は後部座席の扉を締め運転席に乗り込む。  走り出す車を見送りつつ、再び公園に足を向ける。 「先輩!」  背後で声がかかり、驚いて振り返る。春の爽やかな風を受け微笑んでいる秋良の姿に、脩は驚いて目を見開く。 「先輩、すっかり良いお父さんですね」  呆気に取られている脩に、秋良は面白そうに笑いかけてきた。スーツに黒ネクタイ、手には白百合の花束を持っている。

ともだちにシェアしよう!