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放課後の学校。
裏庭にてヤンキーグループの一人に殴られた恩田夏生 は地面にべちゃっと尻もちをついた。
いたたた。
殴られた。
口の中切ったみたいだ、錆びた鉄っぽい味がする。
痛いし、怖いし、笑われてるし、震えが止まらない。
だけど。
地面に情けなく座り込んだまま、目の前で笑う三人の上級生に一年生の夏生は一生懸命声を振り絞った。
「な、殴ってもいいから……花壇にタバコの吸い殻、もう投げないでください、お願いします……用務員のおじさんが毎日お水やって世話してるんです、だから……お願いします」
なにこいつ、声震えてっし、ださ、そんな中傷を一斉に浴びせられた。
さっき殴ってきた同じヤンキーにまた胸倉を掴まれて、ビクッとしたものの、自分自身が殴っていいと言ったし、そもそも怖くて動けない夏生はぎゅっと目を瞑った。
「静粛に」
夏生も、ヤンキーも、ビクッとした。
急に横合いから聞こえてきた一声に目を向ければぽつんと設置されたベンチの上、のそりと上半身を起こした生徒が視界に入った。
ベンチに横になり、生い茂る常緑樹に隠れて全員の死角になっていたようだ。
「昼寝の邪魔だ」
あ。
この人、三年の鷹栖先輩だ。
群れない一匹狼で、どこかの不良校の人達とケンカして、全員病院送りにしたとか。
「あれっ?」
我に返れば三人のヤンキーは夏生の周囲から忽然と姿を消していた。
目をつけられる以前に目が合っただけで緊急事態突入、素手でナイフをへし折る最強不良、様々な伝説を従える校内一の有名人・鷹栖 にビビった彼らは一目散に裏庭から逃げ去っていた。
ベンチから立ち上がった鷹栖は一人取り残された夏生の真正面にやってきた。
殴られると思った夏生は今にも泣き出しそうな様子であわあわ、ヤンキーとは桁外れな迫力を持つ、その名に含まれた猛禽類の眼差しに射竦められて地面に座り込んだまま目も閉じられずに凍りついていた。
ひょいっっ
ダークグレーの制服シャツを腕捲りし、同色のネクタイを緩めた黒髪の鷹栖は夏生を軽々と抱き起こすようにして立ち上がらせた。
次に、180越えの長身をえらく屈めて砂のついていたセーター裾やグレン・チェック柄のスラックスをぱんぱんはたいてやる。
ラスト、顎をくいっと持ち上げて口角が切れていないかどうか念入りにチェック。
「あああ、あの……?」
あれれ……?
実は意外と優しい人なのかな?
初対面のおれのケガの様子、気にしてくれるなんて。
「お前、花が好きなのか」
「えっ? あっ、いえ、ただ……用務員さんがいつも……えっと、何となく……見過ごせなくて……」
「名前は」
「えっ? 用務員さんの名前ですか?」
「お前」
「おっ、恩田っ、恩田ですっっ」
「下は」
「夏生ですっっ」
「一年か」
「いっ、1Cです!」
至近距離から鋭い眼光と対面してどぎまぎビクビクしている夏生に鷹栖はさらに顔を近づけた。
「えっ……」
一匹狼は怯える下級生にキスをした。
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