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第1話 1

 ドアを開けた瞬間、井上南は溜息を吐きたくなった。この前訪れたのはつい三日前のこと。それからこの短時間で、よくもここまで散らかすことができると感心してしまう。広い玄関には大中小のダンボールが散乱している。まだ開いていないものもある。開こうとして断念したのだろう、中途半端にガムテープが剥がされているものもある。この部屋の主はとにかく面倒くさがりだから。 「雪平さん、南です。上がりますよ」  聞こえたところで返事をすることすら面倒くさがる人だ。了承の声は聞こえないのを前提に、一応声をかけて部屋に上がる。ダンボールはとりあえず蹴らないようにだけ気をつける。  あとで片付けよう。明日は資源ごみの日だから、潰して縛っておかないと。あの人は自分ではやりっこないからどんどん溜まってしまう。  リビングのテーブルには空になったカップ麺の容器、ビールの空き缶、酒のつまみが出しっぱなしになっている。  ……生ハムとチーズはいつから出てるんだろう。大丈夫かな。これもあとで片付けよう。  南はコートを脱ぎ、制服のブレザーも脱いで椅子の背もたれに掛ける。カーディガンの袖をまくった。強い暖房が効いた部屋は南には暑すぎる。空気もこもっているように感じた。リビングの窓を全開にして、ノックをしてから寝室のドアを開く。 「雪平さん」  ベッドの上の毛布の塊に声をかける。うつ伏せに丸くなってパソコンか何かをいじっていたのだろう。頭から毛布をかぶったまま起き上がり、もぞもぞとゆっくり、顔だけ出してこちらを向く。  ………小さい頃にああやってシーツとか毛布をかぶって〝おばけごっこ〟とかしたな。 「てめぇ、窓開けやがったな! 寒! ドア閉めろ! 死ぬ!」 「寝室も空気を入れ替えた方がいいですよ」 「うっせぇ! この部屋には俺しかいねぇんだから、何の菌もウイルスもいねぇ綺麗な空気なんだよ!」  溜息を隠すことなく大きく吐いて、南は部屋に入ってドアを閉める。 「なんですか、あのダンボールは。カップ麺もそのまま。燃えるゴミはここ、ダンボールはここ、新聞紙はここって、この前言って帰ったじゃないですか」 「今日お前が片付けんだからいいんだよ」 「俺部活も習い事もしてるから、課題とかによっては来られないかもしれないって言ったじゃないですか」 「でも来たじゃん」  毛布おばけが二ッと笑う。晴れやかな笑顔。こういう顔をすれば南が許すと思って狙ってやるからタチが悪い。  芳野雪平というのがこの男の名前で、雪という名に相応しい色白な肌と、黒目がちの大きな目が特徴的だった。言葉遣いも汚ければ放っておけばゴミ屋敷となる散らかり放題な部屋に住みながら、この男は外見だけは綺麗だった。 「そうですね。雪平さんに会いたくて来ちゃいました」  南もにっこりと笑って返すと、それが雪平には予想外の反応だったのか、呆気に取られている。その隙を見逃さなかった。 「ぎゃあ!」  悲鳴が上がるのにも構わず、毛布を剥ぎ取る。長袖のTシャツ一枚だったから、近くにあったジャージを着せる。そしてその勢いのまま寝室の窓も開けた。 「リビングはもう窓閉めますから、あっちに行きましょう」 「てめぇ……いつからそんな悪知恵働くようになった」 「雪平さんと会ってれば皆捻くれてくるんじゃないですか? ほら、熱いコーヒー淹れますから」 「はぁー、可愛いみーちゃんに会いたーい!」 「はいはい。みーちゃんはこれから部屋の片付けがありますから、コーヒー飲んで静かにしてるように。邪魔しないでくださいね」 「冷たい………」  項垂れる雪平を急かせて、リビングに戻る。寒い寒いと文句を言う雪平を無視して、窓を閉めて暖房をいれる。コーヒーを入れてブランケットをかぶせると、やっと静かになった。

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