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第1話 2

 南が片付けをしていると、退屈したのか寝足りないのか、雪平はソファに横になってうとうととしている。寝顔は女神みたいなのにな、と思う。 「雪平さん、また一歩も外でてないんですか?」 「ん………?」  雪平が寝惚けたような声を出す。 「いくら寒いからって、冬の間一歩も外出しないなんて無理でしょう? だいたい、仕事はどうしてるんです?」  高校生の南よりずっと子どもっぽい言動を繰り返しているが、芳野雪平は二十九歳の立派な成人男性だ。しかし、ずっと家にいる。  雪平は目をこすりながら起き上がった。肩まで届く髪が揺れる。 「俺は在宅の仕事なんですぅ」 「………」 「あ、今絶対嘘だって思ったな? 無職じゃねぇぞ! ちゃんと自分で稼いで生きてるからな!」  むきになるところがますます怪しい。それに、頻繁に美容院に行くのが面倒くさいからという理由で髪を伸ばすような雪平だ。こんな男が社会に受け入れられているとは思えない。南は雪平がニートの引きこもりだと思っているが、それは口に出さないでおく。 「じゃあ仕事はいいとしても、ずっと家にいるなんて健康のためにも良くないですよ」 「でも寒い」 「これまでどうやって生きてたんですか………」  気安いやりとりをしているが、南が雪平と出会ったのは一ヶ月ほど前のことだ。今までこの自堕落な男が一人で生活していたなんて信じられない。 「あったかくなったら外出るよ」 「熊ですか」 「おう。冬眠中」 「でも出会った時は」 「………あの時のこと話したら殺す」  一ヶ月前の出会った時のことは、雪平の前で禁句である。 「また雪平さんと外歩きたいな」 「もう引っかからねぇぞ、ガキ」  今のは本音だったのだけど。まあいいか。今度は見破ってやったぞと、なんだか嬉しそうな顔をしているから。  それでも、やはり冬中家にこもっているというのはいただけない。どうにかして外に出るように仕向けないと。自分が来て世話を焼いてしまうのがいけないのだろうか、とも南は思うが、自分がいなかったらいないで、別の人間に世話を焼かせそうだと思う。きっと、そうして生きてきたのだろうから。  一ヶ月ほどしか一緒にはいないが、その期間だけでも、〝そういう相手〟らしき人間を数人見たり聞いたりした。雪平が自分以外の人間と親しくしているところを想像すると、なんだか胸が苦しくなる。 「俺が、もし来なくなったら」 「え、何、みーちゃん忙しいの? 俺飢え死しちゃう」 「……自分で食料を調達するって選択肢はないんですね」 「通販で乗り切るか……」  真剣に悩んでいる雪平に、胸の苦しさはなくなる。他に誰かいるのなら隠す人ではないし、今頼られているのが自分だけというのは勘違いではないのだと思えるから。 「大丈夫です。明日も来ますよ」 「え、なんだよ、心配して損した。あー腹減った。南、なんか作ってー!」 「はいはい」  翌日は土曜日で、顧問の都合で部活もなかったから朝から雪平の家にやってきた。さすがに、一日では部屋も散らかりはしていない。寒波がきているとかで昨日よりもずいぶんと寒く、雪平をベッドから出すのには苦労したが。 「へへ、卵スープ」  ソファで膝を抱えながら、雪平は満足そうにマグカップで手を温めている。身体が温まるようにと作った生姜入りの卵スープを餌に、やっとベッドから引きずり出せた。 「雪平さん、昼はどこかに食べに行きましょう」 「は? お前正気か? 俺は今日玄関に近づくことすらできねぇよ! あっちまで暖房効かねぇから」 「コート着てカイロ貼って行けば大丈夫ですよ。靴に入れられるカイロもありますから」 「無理! 玄関までの床が冷めてぇもん!」  強敵である。南を言い負かして得意げになった雪平は、雑誌を出してきてペラペラめくっている。

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