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第1話 3
「雪平さん、あっちの部屋貸りますね」
「おー」
一通りの家事をこなせば、南は南で、習い事で出された課題に取り組む。取り組みながら、なんとか雪平を外に出せないかと考えていた。
昼になってリビングに戻ると、雪平はソファで本に埋もれていた。
「……なんでそう、いろんなもの引っ張り出してきて戻さないんですか」
うつ伏せで頬杖をついて本を読んでいた雪平は、南の声で振り返るとともに本をバサバサと落とす。
「まだ使うから置いてるのー」
「はいはい」
雪平のセーターとジーンズ、コートと帽子を取ってくる。雪平は不穏な気配を感じたのか、口をへの字に曲げる。
「外には行かないからな」
無視して着替えさせる。口では文句を言うが、着替えに抵抗はしない。
「……スウェットは自分で着替えてください」
「やだ。だって俺は着替えたくねぇもん」
まるで小さな子どものようだ。いや、これは自分をからかっているんだなとわかる。あの日のことは話すなと言いながら、こうやってからかってくるのはどういうことか。
一矢報いたくて、座っていた雪平をソファに押し倒す。雪平は目を丸くした後、少し焦ったように南から目を逸らす。
「お前ね……あんままっすぐ目ぇ見てこないで」
「からかっておいてなんですか」
身体を離した南にホッとしている様子の雪平に少し苛ついて、スウェットを一気に引き摺り下ろした。
「ぎゃー!」
「ほら寒いでしょ。早く着てください」
色気のかけらもなく、渋々といったふうにジーンズを履いた雪平に、南は背中を向けてしゃがむ。
「南?」
「玄関までの床が寒いんでしょ」
背中を向けているから、雪平がどんな顔をしているかわからない。しかし、クスッと笑って体重を預けてきたから、嫌ではないらしいとわかる。成人男性としては軽い方だと思う雪平の重みを感じることが、南にはとても嬉しいことに思えて、気がつけば口元が緩んでいた。
「南、あったけえね」
立ち上がったときに、少し怖がるように腕に力を込めて抱きついてきた雪平が言った。吐息を耳に感じて、頭がくらくらした。
玄関に到着して下ろすと、雪平は名残惜しそうに離れる。苦笑して、コートを着せてマフラーをぐるぐる巻く。頭にはニットの帽子をかぶせた。
「ここまで来れたじゃないですか。えらいえらい」
帽子の上から頭を撫でると、雪平はむくれる。
「帽子かぶす前によしよししろよ」
「え」
「ほら、ここまで来たら俺も覚悟決めた。行くぞ……って寒い! なんだこれ寒い!」
ドアを開けた途端悲鳴をあげた雪平を無理矢理外に押し出して、鍵を閉めた。
「寒波がきてるらしいです。今日は雪が降るかもしれないとか」
「聞いてねぇぞ! こんな日にわざわざ外に連れ出すとか、お前は鬼か!」
「覚悟決めたんでしょ。行きましょう」
「クッソ、騙された」
「何も騙してないじゃないですか」
「珍しく甘やかしてくるから油断しちまった!」
「ちょろい」
「何か言ったか、南!」
「何も」
雪平の部屋はマンションの八階で、エレベーターで降りる。エントランスを出ると、冷たい風が吹きつけてきた。
「顔が痛い!」
「マスクしてくればよかったですね」
「外に出なけりゃよかった!」
ぶつぶつ言いながら一歩進んだ雪平が振り返る。
「そういや、どこ行くんだよ? 無駄に歩き回るなんて嫌だからな」
「喫茶店にでも行こうかと」
「南が入れるコーヒーでいいのに……」
「インスタントじゃないですか」
「なんでもいいんだよ」
ああクッソーと、機嫌の悪そうな声を出しながら雪平が歩き出して、南は苦笑して着いて行く。
雪平という名前なのだし、冬生まれなのだと思うのだが。夏生まれは暑さに強く、冬生まれは寒さに強いと、よく聞く気がするのに。
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