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第1話 4

「雪平さんって冬生まれじゃないんですか?」  南の言いたいことがわかったらしい。雪平は振り返るが、ぶすっとしている。 「冬生まれだからって寒いのに強いわけじゃねぇんだよ」  この話から話題を逸らしたほうが良さそうだ。 「冬って、誕生日はいつなんですか?」 「ああー、あの日」 「あの日?」 「お前と会った日」 「え」  泣いていた。子どもみたいに泣き喚いていた、あの日の雪平。 「あれが誕生日だったんですか?」  南は絶句する。一か月前の出会った日の雪平を思い出して。 「おい。哀れな目で見んじゃねえ! そういうお前はいつ誕生日なんだよ?」 「え、あ、うんと、ちょうど雪平さんと会った日の一週間前です」 「マジか」 「はい。近いですね」 「よかった」 「よかったですか?」 「少しでも年取っててくれて」 「それ重要ですか?」 「少しでも罪を軽くするためだ!」  南には、雪平がどうしてそこまで気にするのかわからない。南が同意していたのなら問題はないと思うのだ。雪平はあの時のことは口にするな、間違いだった、忘れろというが、南はそうは思っていないので、少し寂しい。  雪が今にも振り出しそうな、雲に覆われた空。白い息を漏らす横顔を見る。黙っていれば人形のように整った横顔は、後悔しているように唇を噛んでいる。時折見せる雪平のこういう表情が、南の胸を締め付けていた。 「寒」  噛んだ唇を隠すように、雪平はマフラーを引き上げる。ちらりと、こちらを見た。 「何テンション下がってんだよ。俺と出かけたかったんだろ?」 「そうですよ。雪平さんの健康のために」 「……介護?」 「え、違うんですか?」  雪平が何か言い返してくる前に、目的地に着く。いつも昼時は混んでいる喫茶店は、雪の予報もあってか、少し空いている。昔ながらの純喫茶は、南が一人で入るには気が引けてしまうが、外見だけは綺麗で憂いのある表情(寒くて活気がないだけだが)をする雪平にはお似合いで、二人でならば気兼ねなく入ることができた。 「何食べます?」 「たまごサンド」 「飲み物はコーヒーでいいですか?」 「おう」 「雪平さんって小食ですよね」 「ま、育ち盛りの高校生に比べたらな」 「絶対高校生の時から細かったでしょう。……あれ、雪平さん学校行けたんですか?」 「お前……馬鹿にしてんのか?」 「いや、雪平さんの引き込もりっていつからなのかなって」  店員が注文を聞きにきたので、二人分注文する。雪平は年季の入った深緑色のソファに寄りかかってあくびをしていた。 「学校はまあ、さぼることも多かったけど一応出てるよ。それに今も昔も引き込もりじゃねぇし」 「え」 「え、じゃねぇよ。今は寒いから出ないだけ!」 「じゃあ春になったらいっぱい出かけましょう」 「花粉症だから嫌だ」 「……夏は暑いから嫌だって言う気ですね。やっぱり引き込もりじゃないですか」  南がじとっと雪平を見ると、雪平はわざとらしく「あ、電話だ」と携帯電話を耳にあてながら席を立ち、店の入り口の方に歩いて行った。  雪平が席を外している間に料理がきたが、南は雪平を待っていた。 「悪いな。食べててよかったのに」 「いえ。雪平さんも少し食べるかなと思って」 「いいの?」 「はい」  やったーと嬉しそうな顔をする雪平に、南が頼んだナポリタンを皿に少しとって差し出した。遠慮なく食べる雪平を見ていると、雪平が不思議そうな顔をした。 「お前学校ではもてそうだな」 「急になんですか」 「普段は結構クールだけど、たまに優しい顔して笑うから」 「学校で、そんなにへらへら笑いませんよ」 「いや。別にへらへらしてるようには見えてねぇけど……」  絶対意味がわかってないだろうなと、南は溜息を吐く。優しい顔で笑うと言うなら、それは雪平が相手だからだ。だけど、雪平には伝わっていない。 「雪平さんは全然もてなそうですね」 「は?」 「顔は綺麗だけど、口は悪いし部屋は汚いし面倒くさがりだし鈍感だし」 「う、だいたい合ってるから何も言い返せん……でももてるからな!」 「世間の人の見る目がないんですね」 「ふ、世の中には顔が良ければそれでいいって人間がいっぱいいるんだよ」 「自分で言ってて悲しくなりませんか」 「ほっとけ!」  他愛のないことを話しているうちに食べ終わり、席を立とうとしたらショートケーキとホットコーヒーが運ばれてきた。南が戸惑っていると、雪平がニッと笑う。先ほど、電話で席を外したときに頼んだらしい。 「誕生日祝い!」 「え」 「お前はいろんな人に祝われてそうだけど、俺誰にも祝われなかったし。今祝え! 南が祝え!」  ふんぞり返る雪平が可笑しくて、南は吹き出す。 「なんですかそれ。もう、可笑しな人だな」  ひとしきり笑った後、雪平の瞳を見つめて言う。 「雪平さん、誕生日おめでとうございます」 「おう! 南もおめでと」  嬉しそうにショートケーキを頬張る雪平を見て、今年も、その先も、一緒に誕生日を祝いたいと思った。 第1話 終

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