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第2話 1
兄の結婚が決まったと聞いたのは、南の誕生日だった。実家の近くで一人暮らしをしている社会人の兄は、年の離れた弟である南を可愛がっているから、誕生日をはじめ、何かあればしょっちゅう実家に帰ってきていた。
兄が結婚する相手は合コンで知り合った女性らしいが、両親には仕事関係で知り合ったと言っていた。南にだけ、後から耳打ちされた。それから、両親に会わせる前に南に会ってほしいとも。
兄が住むマンションは実家から二駅ほどで、歩いても行ける。しかしこの日は雨が降っていたので、電車に少しだけ乗ることにした。
クリスマスを前にした駅前は賑やかだったが、兄のマンションは閑静な住宅街にある。迷ったが、何もいらないと言う兄の言葉に甘えて、女性が好きそうなロールケーキだけを駅前の人気店で買って行った。
兄と結婚する女性は、美人だが気が強く、初対面では気圧されてしまった。でも気さくな人であったから、徐々に打ち解けた。自分が兄の相手に何を思うわけでもないが、これから親戚になるのなら、どうせなら付き合いやすい人がいい。
「南君は平とちっとも似てないのねー」
兄嫁となる若菜はなかば呆れたように言った。
切り分けられて出されたロールケーキは、南の分だけ少しだけ大きく、気を使わせてしまったかもしれないと思った。
「そうですか? 顔はよく似てると言われます」
「顔はね。でも南君、高校生に見えないくらい落ち着いてて大人っぽいじゃない? 硬派そうだし。平は……弟さんの前で言うのもあれだけど、ちょっと軽いから」
だいぶ表現を和らげて言ってくれているのがわかる。兄の平はお世辞にも一途だとか硬派だとか言えない。南が知っているだけでも、これまで付き合った女性は両手両足を使っても数えきれないほどいるし、交際期間がかぶっていることもあったのではないかと疑っている。
「お前な、弟の前でそういうこと言う?」
「兄貴、女性にお前とか言うの、よくないと思う」
「あー、はいはい」
若菜は二人のやり取りを見て可笑しそうに笑う。
「絶対モテるでしょ、南君。その年で女の子に自然と優しくできる子っていないもの」
「南は女の強かさを知らないだけー」
「え、彼女いないの?」
「こいつは中学から部活一筋だから」
「素敵だね」
「そうでもないよ。夢中になりすぎて」
話が部活のことに向かうのは良くない。必然的に進路の話や将来の話になってしまう。
南は急いでロールケーキを口に入れて立ち上がる。
「もう遅いので、そろそろ帰ります」
「もうそんな時間か? お前歩き? 送ってくよ」
「大丈夫だよ。電車で帰るし」
玄関まで二人が見送ってくれる。南は若菜に深く頭を下げた。
「いろいろご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、どうか兄をよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
顔を上げると、平は照れくさそうな顔をしていた。
「兄さん、若菜さんをちゃんと大切にしなくちゃ駄目だよ」
そう言うと、平が珍しく何も言わずに頷いた。
雨はまだ降り続いていた。風も出てきていて、凍えるような寒さだった。緩く巻いていたマフラーをぴったりと首に沿うように締めて、風が入らないようにした。
マンションのオートロックの入り口を出たところで、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。近づくにつれて早くなる余裕のない音に危機感を覚えて身構える。マンションの中に戻った方がよいだろうか?
「たいら!!」
目の前に現れたのは小柄な人で、コートのフードは被っているものの傘はさしておらず、びしょ濡れだった。髪が肩ほどまであって、飛び出してきた瞬間は女かと思ったが、声は確かに男のものだった。異様ではあったが、掛けられた言葉が兄の名前だったこと、男がか弱く見えてしまったことで、南の危機感は薄れた。
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