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第4話 6

 雪平が言っていたとおり、十代の雪平は天才少年と言われていた。作る曲作る曲ヒットし、JPOPには疎い南でも知っている曲が数曲あった。その飛ぶ鳥も落とす勢いだった雪平が十九歳の時にプロデュースしたのが佐羽で、佐羽の曲を作るようになった二十代、雪平はヒット曲を生み出せなくなった。雪平の才能は十代で尽きた、それに付き合わされることになった佐羽は、歌が上手くて声も容姿も魅力的で才能に溢れているのに、運がなかったといわれていた。  女の子のような顔をした、幼い雪平の写真があった。デビュー当時のものらしい。緊張した面持ちだったが、ピアノに触れている写真だけは、柔らかい表情をしていて印象的だった。  佐羽と並んでいるものは今の雪平に近いが、まだ少年のような雰囲気がある。雪平よりも年下の佐羽はまだあどけない少女で、二人が並ぶと非常に絵になったが、どこか危うさのようなものを感じた。  ◇  家に帰ると平がいた。リビングでテレビを見ながらソファでくつろいでいた。 「兄貴……また若菜さんと喧嘩したの?」  呆れたように言うと、平は「ちーがーいーまーすー」と子どものように頬を膨らませた。 「若菜さんが旅行中なんですって。それで寂しくなったみたい」  母が可笑しそうに言うと、平は「ちげーよ!」と反論していた。「ただいま」と言いながらリビングを通り抜けて部屋に行こうとすると、平に呼び止められる。 「お前佐羽に会った?」  佐羽は、平に鍵を借りたと言っていた。だったら、佐羽が雪平のところに来たことを知っているのは当然だった。 「会った」 「芳野無事だった? 佐羽相当キレてたから」 「胸倉掴まれてたけど」 「そのくらいだったらしょうがねぇな」  うんうんと平は一人納得しているようだった。 「雪平さんは兄貴の働いてる芸能事務所に所属してるんだね」 「今更!?」  平は大手の芸能事務所で働いている。マネージャーなどではなく、事務所での事務作業を中心にしていると聞いていた。 「今日一緒にテレビ見て、初めて雪平さんが作曲家って聞いたんだ。佐羽さんのことも」 「やっとか。そういうことお前疎いからなぁ。芳野を知らない奴なんてそうそういないのに。佐羽だってしょっちゅうテレビ出てるし」 「俺テレビあんまり見ない」 「知ってるけど。まあだからこそ芳野は気安くお前と遊んでるんだろうけど」 「雪平さんが、兄貴に聞けって」 「は? 何を?」  雪平が南に何を知ってほしいと思っているのか、南はわからない。だから答えられずにいると、平が溜息を吐いてソファから立ち上がる。 「お前の部屋行くぞ」 「え、なんで」 「母さんお喋りだから。芳野はあれでも有名人なんだ。イメージってあるだろ」  平がさっさと部屋に行ってしまうから、南は着いて行くしかなかった。  雪平は平が南を可愛がっていると初対面の時に言っていたが、可愛がられているというより、平は放っておけなくて世話を焼くのだろうと南は思っていた。口が上手く要領もよく物事をこなす平には、優等生だと言われる一方で、頑固で融通のきかない自分が頼りなく見えるのだろうと。  中学生の時、部活に夢中になって、高校は音大付属のところにすると両親に言った南を、今の普通科の高校を受験するように説得したのも平だった。夢を見るなと言われた。潰しのきかない道を選ぶな。音楽にすべてを捧げるなと。  女遊びが激しく軽薄でいい加減な兄だったが、言葉は酷く現実を見ていて、南は兄の意見に折れたのだ。  その時以来だと思った。平が真剣な眼差しで正面から南を見つめてくるのは。  南は椅子に座り、平はベッドに座って足を組んだ。

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