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第4話 5

 南が指で雪平の目元を拭うと、雪平は可笑しそうに笑う。 「涙一つで動揺するなんて、無理矢理犯すなんてできそうもねぇな」  その時、インターホンの音がした。雪平の家でこの時間の来客は珍しかった。どうせ雪平は出ようとしないから、代わりに南が出ようと思いベッドから降りる。雪平が起き上がって服の裾を引いた。 「出なくていい」 「え、なんでですか」 「今大事な話してるから」  雪平は絶対、ちょうどいい来客だと考えたに違いないと思っていた。南を交わす良い口実だったのに。雪平があまりに真剣な顔をするから、南はベッドに戻る。ベッドの上で足を抱えて座る雪平の隣に座った。 「お前、神様に誓うって言ったじゃん」 「あの、恥ずかしいんであんまり前言ったことを言わないでくれますか」 「あれ、どうしてあんな言葉出てきたんだ?」  思ってもみなかった雪平からの言葉に、南はぽかんと口を開けてしまう。それから、顔が熱を持つのを感じる。 「え、なんで赤くなんだよ、南」 「へ、変なこと聞いてくるからじゃないですか!」 「変なことじゃねぇだろ!」  あの言葉が自然と出てきたのは、神様に誓うと言ったのは。 「だ、だって神様に誓うじゃないですか!」 「はぁ?」 「結婚式で!」  やけになって叫んだら、雪平があんぐりと口を開けた。 「け……結婚式……」 「笑っていいですよ! 俺にとってはそれくらい、一生の誓いだって思うくらいの……雪平さん?」  雪平はさっきよりも固く膝を抱え、膝に額をくっつけて顔を隠してしまった。そのままころんとベッドに横になり、ごろごろと転がる。 「ああやだやだ」 「え、嫌ですか……」  さすがに重かったか……。 「お前なんで高校生なの早く年取れよほんと」  そこで寝室の外から荒々しい足音が聞こえた。警戒する間もなくドアが勢いよく開く。飛び込んできた人物は隣で転がっていた雪平の胸倉を掴んで睨みつける。 「いるじゃん! 居留守使ってんじゃねぇよ! この引きこもり!」  明かりを落とした寝室に月の光が差した。粗暴なふるまいと対照的に、光に照らされた女は奇麗で洗練された雰囲気を持ち、南は言葉を忘れた。まっすぐな長い髪を飾るものもなく、Tシャツにジーンズというラフな姿だったのに。  そんな南にやっと気がついた女は、大きな瞳を南に向ける。吸い込まれそうな瞳に、目を背けることはできなかった。 「あんた、何? 雪平の新しい寄生相手? セフレ? 家政婦?」 「阿保か。ガキだろ、ただの」 「ただのガキがなんでここにいるわけ?」 「お前に関係ねぇだろ」  雪平は女の手を掴んで胸倉から離させる。片足をベッドに上げた女は、雪平の目の前から引く様子はない。 「お前鍵持ってたっけ?」 「井上さんに貸りた」 「クッソ平の奴……つーかどけ。文句は後日聞くから今日は帰れ」 「帰れるか。あたしのことは放っておいてアイドルの曲は書くわけ? なんなの、あたし先週あの番組で歌ったよ。あんたじゃない人の曲。あたしはあんたの曲を歌えなくて、なんであの子たちが歌えるの」  女は俯いてしまって、髪に隠されて南からは顔が見えない。雪平が溜息を吐いて南に言う。 「こいつ佐羽。俺が曲書いてる歌手。家帰ったら調べて平にも聞いてみて。今日はごめん」  帰れと言われているのがわかった。  帰り道、電車を待ちながら雪平と佐羽について携帯で調べてみる。佐羽は雪平がプロデュースしている歌手で、今年でデビュー十周年を迎えるようだ。デビュー時からずっと雪平と組んでいたが、最近、雪平以外が作る曲も歌うようになったらしい。そして、そちらの方が評判がいい。佐羽について調べると雪平のことがセットのように出てくる。

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