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第1話
(互いの家でこういう事をするのは、自分はなんとなく抵抗があるんだけど……このひとはどうなんだろう?)
樋口 との情事を終えたベッドの上で、敏樹 はそんな疑問を頭の中に浮かべていた。
大切な恋人である樋口が仕事場で怪我を負ったときには色々と悩んだが。後遺症無しの退院祝いも兼ねて、今夜は久し振りにふたりきりで過ごした。
まだ安静にしたいからいつものデートコースである夜のドライブは無し。それは正直残念だが、こうしてふたりきりでゆっくり逢えるだけでも嬉しい。
「自分は、しばらく事務の補助をやらせてもらうんだ」
敏樹の身体に優しく寄り添いつつ、樋口は今後しばらくの仕事の予定を語る。
「これがしっかり治るまでね」
包帯を巻いた右脚を少し持ち上げて示す。樋口の本業は自動車整備士だから、手脚が上手く動かないと難しいのだろう。
「どうして事務でなく、事務の補助になるんですか?」
なんで曖昧に表すのか? そんな敏樹の質問に樋口は苦笑して。
「自分は、アィティーキキ? それが全く使えないから」
樋口の妙な発音に敏樹は首を傾げる。
「IT機器? パーソナルコンピューターとか、情報端末の事ですか?」
「多分そういうのだろうね。自分はそういうのが苦手で。正直きみがやってる仕事の話を聞いても、意味が分からない単語が沢山あった」
敏樹は高校卒業後は情報系の専門学校に通い。そこで様々な知識や資格を得たので現在は派遣でWEBデザイナー等の業務に就いている。
「すまないね、今まで黙っていて」
照れ隠しなのか、樋口は敏樹の耳から頭をすりすりと撫でる。
「いえっ……自分も樋口さんの話す自動車の種類とか、全然分からないし」
敏樹が慌ててフォローすると、顔を見合わせふたりで笑った。
「そろそろ帰るかい? もう寝たほうがいいんじゃないか?」
うろうろと時計を探す樋口の頬を手で押さえて敏樹は語る。
「自分は逆に夜型にしないといけないんです。派遣業務のシフトを夕方から朝までに変えたので」
「へぇ……夜勤に就くのか」
どこか気まずそうな樋口の相槌に。
「ここ最近趣味のパソコンへの出費が激しくて。気が付いたら貯金残高がやばくなってたんです」
明るく子供っぽく笑う。敏樹が派遣会社にPC業務の夜勤を依頼したのは本当だが。樋口に語った「夜勤をやる理由」は嘘だった。
まずは樋口が怪我をしてしばらく夜のドライブに行けないこと。そしたらこうして逢うのは互いの休日の昼間でも良い。
あとは夜勤でいつもより収入を得たら。ペーパードライバーの敏樹は自動車学校に通い、運転講習を受けたかった。
だが「夜間のデートが無理だから仕事をする」なんて言うと樋口は気を遣いそうだし。
そして運転の講習はこっそりと行い、樋口をびっくりさせたかった。
上手くいったら樋口の勤める中古車店に客として行って、樋口が勧める車を購入するのが敏樹の目標だ。
「大丈夫ですよ。夜勤はそんなに長くやらないし。とりあえず一ヶ月くらいかな?」
微笑みながら樋口の肩をそっと押して、ごろん、と身体を転がすと。顔に頭を被せるようにゆっくりと唇を寄せ、そっと口付ける。すると樋口は敏樹の口内に舌を入れて激しく絡めてきた。
(このひとに……付いていけるようになりたい。自分よりもずっと大人な、このひとに)
そんな願望で体内を熱くしながら、敏樹は樋口と長い口付けを交わした。
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