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第1話

「笑(ニコ)、笑」 まだ、夜中なのに・・・。 昨日は、若様のご祝言で、朝から晩まで大変だったんだから。あと少しだけ寝させて欲しい。 「笑、笑」 何度も肩を揺すぶられて、やっと瞼を開けると、目の前に、その若様がいらっしゃって、仰天し、飛び起きた。 「わ、わ、若様、このようなかような所においでになっては、旦那様や、奥様に怒られます」 一気に目が覚めた。 由緒ある河西伯爵家に下働きとしてお使いして早十年余り。まだ、見習いの身ゆえ、居を与えられず馬小屋の隅で寝泊まりしていた。 「笑、出掛けるよ」 立折襟の陸軍将校の軍服に身を包み、外套を手にした若様に、手を引っ張られ、そのまま外へ。 「若様、どちらに?」 聞いても何もお答えにならない。 無言のまま早足で屋敷の外へ出ると、黒塗りのお車が停まっていて、車夫が後ろの扉を開けてくれた。 旦那様や奥様を始め、ご家族様しか乗れないのに。 「旦那様に怒られます」 ぶんぶんと首を振った。 「私が許すからいいんだ」 若様に、ぐいぐいと体を押され、仕方なく、中へ。 もう、どうなっても知りませんよ。 明日から・・・下手したら、今日にもお暇を言い渡されるかも。右足がびっこの僕に、出来る仕事は、体を売る他ないって、奥様が。馬や牛 は役に立つが、お前は役立たずだ。ここに置いて貰えるだけ有りがたいと思え、そうおっしゃて・・・。 もう、止めよう。 考えても仕方ない。 若様も乗り込み、すぐにお車が走り出した。座席がふわふわで、がたんと揺れる度、体が跳び跳ね、その都度、驚いて声を上げてたら、若様にくすくすと笑われた。 「笑、君は、本当に面白い子だね」 「すみません、若様」 「いいんだよ。笑の笑顔を見れて嬉しいよ」 戦で内地へ赴いていた若様。 ご祝言の為、半年ぶりにお戻りになった。お相手は、同じ伯爵・村山家のお嬢様、宮子様。気立てがよく、お優しいと専ら評判のお方だけど・・・。若様には申し訳ないけど、はっきり言って、嫌い。一月前から、ここにお住まいになられたけど・・・。 手の甲に残る生々しい火傷の痕を見るたび、悔しさが込み上げてくる。僕の方が、若様を誰よりもお慕い申し上げているのに。 その痕に、若様のお手が触れる。 「わ、わ、若様」 慌てて手を引っ込めたけど、若様は離してはくれず。 「笑、すまない」 「こ、これは、自分がうっかりしてて・・・そ、その・・・」 「宮子を庇うことはない。笑は、何も悪くない。すまないな、辛い思いばかりさせて」

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