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第2話

そんなお優しいお言葉を掛けられ、どうしていいのか分からない。 「『ニコ』という名前が変だと、からかわれ、バカにされた。それで、言い返したら、折檻されたーーそんな所だろうか。『ニコ』は、私が、君に与えた名前だ。嫌なら、違う名前を考えるが」 「嫌じゃありません。若様から頂いた、この名前、すごく好きです」 「なら良かった」 若様が笑顔になる。 そのお顔を拝見するだけで、なぜか、幸せな気分になる。 でも、宮子様は!? この事、ご存知なの!? 若様にお聞きしようと思ったけれど、若様は、すごく眠そうで。 「笑、膝借りるよ」 そうおっしゃると、ごろんと、横になってしまった。僕も、決して眠い訳ではなかったけれど、あまりにも心地いい揺れに、いつの間にか眠ってしまった。 次に目が覚めた時、周りの景色に、またまた仰天した。 記憶の中にしかない、生まれ故郷の景色がそこに広がっていたから。昭和九年、東北地方は、未曾有の冷害と大飢饉に襲われ、貧しい小作農家の多くは、口減らしの為、子供たちを身売りした。 僕も、寒村の出身らしく、当事数え年で六つ。身売りされ、どういう経緯で、若様に出会い、お屋敷に引き取られたか、いつびっこになったか、幼すぎて記憶に残っていない。若様も、詳しいことは話しては下さらない。 辺り一面見渡す限り田んぼと畑と、深い山。 「若様、ここは・・・って、す、すみません」 いつの間にか、体勢が逆になっていた。 こともあろうか、若様のお膝を枕にしていたのだ。しかも、外套まで掛けて貰っていた。 びっくりして、飛び起きた。 「とんだ、粗相を。申し訳ありません」 「いいんだよ。私がそうしたいと思ったから。それより、着いたよ。兄の家に」 「お兄様って・・・もしかして、和也様!?」 「そう。笑が小さい時に一回会ったきりで、覚えていないと思うけど」 お車を先に降りられると、歴史を感じさせる、古い茅葺き屋根のお家へ若様は何の躊躇いもなく入っていった。 「若様、お待ちください」 僕も、慌てて後を追った。 「雅也か、久しぶり」 出迎えてくれたのは、とても大きな、まるで熊みたいなお方だった。丸顔に無精髭を生やして、若様と同じで、とても、お優しい方に見えた。 「笑か、米国帰りの雅也がつけそうな名前だな。俺はいいと思うよ。日本は恐らく戦争に負ける。そして、馬鹿げた華族制度も撤廃されるだろう。そうなった時に、笑みたいな若い人たちが新しい日本を切り開いていくだろう。カタカナの名前も珍しくなくなる」 「痛烈に軍を批判して、本当なら、首を切られてもおかしくないのに、河西家が、代々、陸軍の要職にあるお陰で、島流しで済んだんだ」 「戦には行けず、非国民扱いだがな。でも、まぁ、この村の人達はよそ者の俺に優しくしてくれる。国民学校で先生をやってられるのも、村人みんなのお陰だ」 若様も、お兄様の前では、膝を割ってお話しされる。普段は、決して口にしてはいけないことまで。 「で、俺に、笑を預かれと」 「あの家に置いといたら、笑は、間違いなく殺される」

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