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第7話
夜が明けきれぬうちに雅也様は、再び、戦へと旅立って行かれた。最期の最期まで、ご自分の事より、僕の事を気遣って下さった雅也様。そのお優しさに触れ、僕は、涙が渇れるまで泣き続けたーー。
それから、戦は、激化し、多くの命を奪い、半年後に、終戦を迎えた。
それから、更に、二年ーー。
この年の五月三日、雅也様と和也様がおっしゃっていた通り、華族制度が廃止され、河西家は、多額の借財を抱え没落の一途を辿ることになった。
出征してからの、雅也様の消息はようとして分からず。最近になり、最後の赴任地は、熾烈を極めた激戦地、沖縄だと知り絶望し、一月近く泣き暮らした。今は、大分気持ちの整理がついてきた。
「こんな田舎にも、進駐軍が!?」
「あぁ。何も心配することはないよ」
和也様は、僕に、本当に良くしてくださる。戦後、お年寄りと女、子供だけ残った村を必死で守り、兵隊さんに徴収された人達が戻ってきた今、小学校の先生として教壇に立つ日々。
ただ一介の下働きにしか過ぎなかった僕が、生きていられるのも、彼のお陰。
「笑、あと、半年待って、雅也が戻って来なかったら、その・・・」
一つ咳払いをして、僕を見詰める。
何を言おうとしているか、一緒にいた時間が長いだけ、痛いくらい伝わってくる。
「俺の妻になって欲しい。二十も年上だけど、絶対幸せにするから」
和也様のその言葉に頷くと、遠慮しがちに歩を進め、そっと、肩を抱き寄せられた。
「すまない、笑。俺にも生きる希望を、糧を与えて欲しい」
和也様のお気持ちは痛いほど分かる。だからこそ、辛くて。
「半年でなくて、一月待ってみて、雅也様がお戻りにならなかったら、この笑を、どうぞ妻にして下さい」
「笑」
和也様は驚きながらも、嬉しそうに微笑んで、ぎゅっと、僕の事を抱き締めてくれた。
数日後、その進駐軍が小さな田舎村にやって来た。
子供たちは、アメやガムなど、珍しいお菓子に群がり、大騒ぎになった。
そんな中、家を、軍の将校さんが訪ねてきた。
僕も、和也様も、言葉が分からず、おろおろしていると、一際、背の高い軍人が、中に入ってきて、その将校さんと言葉を交わしていた。
通訳の方かな、と思い、顔を見るとーー
「・・・嘘・・・」
最初、信じられなくて、目を疑った。でも、軍帽を外し、あのお優しい笑顔を向けられ、間違いないと確信した。
「雅也様・・・」
「笑、迎えに来たよ」
「なんで、なんで」
その場に泣き崩れた僕を、和也様がそっと支えてくれた。それを見た、雅也様は、全てを理解したのだろう。もともと、感の鋭い方だから。
「雅也、笑を、泣かせる真似をしたら、俺が奪い取る」
「あぁ、分かってる。絶対に、幸せにする」
和也様は、自分の思いを必死で抑え、僕を雅也様に渡した。
「笑、みんなを待たせると悪いから、行こう」
雅也様にそう言われ、立ち上がり、和也様を見ると、涙で濡れた顔を見せまいと、精一杯の笑顔で見送ってくれた。
びっこの足を引き摺りながら、将校さんに続いて、雅也様と外に出ると、沢山の軍人さんに片言の日本語で、オメデトウとお祝いされ、拍手で迎えられた。
「彼らなりに、結婚を祝ってくれているらしい」
「け、結婚って・・・」
「帰ってきたら祝言を上げると約束したはずだよ、笑」
そう言って、僕の左手を取ると、薬指に銀色に輝く輪っかを嵌めてくれた。
「これは!?」
「結婚指輪だよ」
「結婚・・・指輪?」
「そう。一生涯、私の側にいてくれ」
そう言うと、頬っぺたに軽く口づけをしてくれた。ヒュー、ヒューと、口笛を吹かれ、拍手喝采がわき起こり、周りは大いに盛り上がった。
和也様に恩返しするつもりで、雅也様と幸せになろうーー。
そんな僕の気持ちを察したのか、雅也様は、力強く、僕の手を握ってくれた。
「笑、愛してる」
「・・・僕も・・・です」
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