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Ⅱ 今日から俺は④

この国家元首は何も分かってない。 (あなたは、この国の支柱なんだ。御身はあなた一人のものではない) もしも。 あなたが死んでしまったら…… 「我が国の宝の喪失。日本が……否、世界が嘆く事になるだろう」 ご満悦な口の端が、フゥっと持ち上がった。 (また俺の心を読んだっ) ……そこまで大袈裟に心配してないけどさ。 「であるので、怪我は困る」 「だったら尚更、防弾チョッキ着てください」 「防弾チョッキでは防げない」 なに言ってるんだ。 防弾なんだから。弾は止まるぞ。 「もし、あの時。銃が暴発していたら……と考えるとゾッとする」 すうっと、冷たい掌が縄で縛られた俺の手首をなぞった。 「君に怪我がなくて良かった」 この人は…… 自分よりも、俺の心配をしているのか? 「命は尊い」 歴史に脈を刻んできたのは、幾百、幾千、幾億の命だ。 一つ一つの人生が歴史であり、我が国を形成している。 明治維新も然り。 激動の変革期を切り拓き、今に繋がる。 志士のように、名を残さずとも人は生き、生き抜く人がいる。 人は生きたのだ。 この時代があるのは、先達の生きた証である。 ゆえに国家を守り、次世代に繋げるのは、我々大人の役目だ。 「君の命が無事で良かった」 その黒曜石の瞳に吸い込まれていく。 真摯な眼差しに。 「私を心配させて……」 瞳の奥に憂いが射す。 「君は落第だ」 後頭部を鈍器で殴られたかの衝撃が走った。 「君は秘書でもある。私の心を汲み取り、こっそり実弾を抜く事もできたはずだろう」 それは、つまり…… (俺に、秘書の資質がない) 総理の傍にいる必要はない。 そう、言葉の真意が宣告を下す。 「嫌だッ!俺はあなたの傍で、あなたを助けたい」 総理の傍を離れるなんて。 そりゃ、滅茶苦茶な人だけど。 国を愛し、国家を真剣に思い遣るこの人の傍以外に俺の居場所はあり得ない。 「しかし、君は私を疑ってるんだろう?維新を知らないと。おまけにジジィだと思っている」 うっ、まだ根に持つか。 「まぁ、いい。君は私を助けると言ったが、君には何ができるんだい?猿渡君」 「それは……」 秘書成り立て。 初心者秘書の俺に、できる事があるだろうか。 日本の頂に立つ彼の元で、俺にできる事なんて…… 「君は口先だけの男かい?実行を伴わない約束は、嘘と同じだ。言い訳するな。期待は失望へ叩き落とす罪を生む」 秘書として、政治家を目指すなら嘘はいけない。 「よく考えろ、考えて実行しろ。君にできる事は必ずある」 では、もし…… 「俺にできる事が見つかれば」 「君を傍に置く事もやぶさかではない」 刹那だった。 視界を、一筋の光が斬ったのは。

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