10 / 20
Ⅱ 今日から俺は④
この国家元首は何も分かってない。
(あなたは、この国の支柱なんだ。御身はあなた一人のものではない)
もしも。
あなたが死んでしまったら……
「我が国の宝の喪失。日本が……否、世界が嘆く事になるだろう」
ご満悦な口の端が、フゥっと持ち上がった。
(また俺の心を読んだっ)
……そこまで大袈裟に心配してないけどさ。
「であるので、怪我は困る」
「だったら尚更、防弾チョッキ着てください」
「防弾チョッキでは防げない」
なに言ってるんだ。
防弾なんだから。弾は止まるぞ。
「もし、あの時。銃が暴発していたら……と考えるとゾッとする」
すうっと、冷たい掌が縄で縛られた俺の手首をなぞった。
「君に怪我がなくて良かった」
この人は……
自分よりも、俺の心配をしているのか?
「命は尊い」
歴史に脈を刻んできたのは、幾百、幾千、幾億の命だ。
一つ一つの人生が歴史であり、我が国を形成している。
明治維新も然り。
激動の変革期を切り拓き、今に繋がる。
志士のように、名を残さずとも人は生き、生き抜く人がいる。
人は生きたのだ。
この時代があるのは、先達の生きた証である。
ゆえに国家を守り、次世代に繋げるのは、我々大人の役目だ。
「君の命が無事で良かった」
その黒曜石の瞳に吸い込まれていく。
真摯な眼差しに。
「私を心配させて……」
瞳の奥に憂いが射す。
「君は落第だ」
後頭部を鈍器で殴られたかの衝撃が走った。
「君は秘書でもある。私の心を汲み取り、こっそり実弾を抜く事もできたはずだろう」
それは、つまり……
(俺に、秘書の資質がない)
総理の傍にいる必要はない。
そう、言葉の真意が宣告を下す。
「嫌だッ!俺はあなたの傍で、あなたを助けたい」
総理の傍を離れるなんて。
そりゃ、滅茶苦茶な人だけど。
国を愛し、国家を真剣に思い遣るこの人の傍以外に俺の居場所はあり得ない。
「しかし、君は私を疑ってるんだろう?維新を知らないと。おまけにジジィだと思っている」
うっ、まだ根に持つか。
「まぁ、いい。君は私を助けると言ったが、君には何ができるんだい?猿渡君」
「それは……」
秘書成り立て。
初心者秘書の俺に、できる事があるだろうか。
日本の頂に立つ彼の元で、俺にできる事なんて……
「君は口先だけの男かい?実行を伴わない約束は、嘘と同じだ。言い訳するな。期待は失望へ叩き落とす罪を生む」
秘書として、政治家を目指すなら嘘はいけない。
「よく考えろ、考えて実行しろ。君にできる事は必ずある」
では、もし……
「俺にできる事が見つかれば」
「君を傍に置く事もやぶさかではない」
刹那だった。
視界を、一筋の光が斬ったのは。
ともだちにシェアしよう!