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第51話
調印式は滞りなく行われた。サカンさんは最後まで小枝のこちらの世界への残留に反対をしていたようだけど、リントスの王様の意思は固く、結論は変わらなかった。
小枝は、思っていたとおり、声もガラガラで、目も開けられる状態じゃなかった。ベッドの縁に座り、布でくるんだ氷を当てている。
小枝が手を離してくれない。
僕も、一緒にいてあげたい。いたいと思う。けど、部屋から出たい。けど、1人にしたくない。けど。
並びで座り、小枝の手を握りながら、そわそわドアの方を見たり、窓から空の明るさを確認したりしてしまう。もう段々と暗くなってきた。
どうしよう。
「お兄ちゃん」
不意に小枝の手が離れた。
驚いて、隣を見る。氷に隠れて目の表情まではわからない。ただ口元は笑んでいた。
「ごめん。いいよ」
「え」
「用事、あるんだよね」
膝の上に移動した手は震えている。今度は自分からその手をとった。
こんな状態の小枝を置いていけるわけがない。
今日はもうこのまま、2人でいよう。
焦ることじゃない。
そう決めたときだった。部屋にノックが響く。『はい』と受け答えると同時に、ドアが開いた。
『ノゾミくん!』
懐かしい甘い香りが部屋中に広がる。
何か言う前に、抱きつかれた。その肩が震えている。それに気づいた途端、僕までもが涙がこみ上げてきた。
『ミ、ミラさん』
後ろには、エリアさんも立っている。お店にいるときと同じようにエプロンをしていた。腰に片手をつき、微笑んでいる。
目が合うと、ミラさんの後ろから、頭を撫でてくれた。
『エリアさん、ぼ、僕』
『謝ったりしたら怒るからね』
『あ、の』
『無事でよかった。心配した。心配したよ』
コツと額と額がぶつかる。間近で見たエリアさんの目の端は少し赤かった。
『ごめんなさい』と言ってしまいそうになるのを、飲み込む。
ただただ、大きく頷いた。
心配をかけた。心配をしてくれたんだ。
『ノゾミ』
扉の前にもう1人、長身の影が立っていた。
スーウェンさんだ。配膳用と思われる銀色のカートを押している。そこに、大きな箱が乗っていた。
エリアさんに促され、ミラさんが目を擦りながら立ち上がった。脇に避ける。
カートが、僕と小枝の前に置かれた。
『ヒイロくん、と、サエくん』
後ろに手を組み、エリアさんは僕ら2人の名前を呼んだ。スーウェンさんが、箱の側面に手をかける。
心臓がバクバク跳ねている。
まさか。
『じゃぁぁん!』
勢いよく開けられた箱の中、トレイの上に、丸いホールケーキが現れた。薄い茶色のクリームに覆われ、表面には赤い実と、それから白いクリームで文字が書かれていた。
『ノゾミくん サエくん 誕生日おめでとう』
本当なら、今日、リゲラの方へ出向いて、ミラさんとエリアさんにケーキのことをお願いするはずだった。
それなのに、それがここにあって、僕の名前までもが書かれている。
『スーウェンから、朝一番で注文もらってね』
エリアさんがそう答えてくれた。
スーウェンさんは、箱を抱え、優しく目を細めている。
小枝はケーキに釘付けになっているようで、その手から氷が落ちたことにも気がついていないようだ。
『あ、あのね、小枝。あの、僕がお世話になってたお店の、あ、ケーキ屋さんで。すごく美味しくて。あの、誕生日、そろそろなのかなって。じゃなくて、あの、』
頭が混乱している。
何を優先的に言ったらいいのかわからくて慌てる。
僕の方をゆっくり向いてくれた。
『お兄ちゃん、これ……?』
『たっ、誕生日、おめでとう。小枝』
小枝の目がゆらゆら揺れる。
大粒の涙が落ちた。
『お兄ちゃん、も、おめでとう』
泣くとせっかく引いてきた腫れが、また明日も続いちゃうよ。氷もずっと持っておかなくなるよ。とか、そんなことを言えなかった。
ミラさんもエリアさんもいる前なのに、嗚咽が酷くて声が出なくなってしまった。
言えた。
おめでとうって言えた。
小枝が、言ってくれた。
ミラさんが手際よく、ケーキを切っていく。カートの中段に置かれていたお皿に分けてくれた。
『どうぞ』
黄色のスポンジの上に、たっぷりのクリームが乗っている。
ぼたぼた、泣きながら、食べる。
溶けるような柔らかさと甘い香りが口いっぱいに広がる。
『美味しい、』
エリアさんとミラさんは得意げに笑った。
***
初めは固かった小枝も、段々と、エリアさん、ミラさんと打ち解けていった。少しぎこちないが、よく笑っている。
2人は今日泊まれるたしく、スーウェンさんの指示の元、僕の部屋にもう一台ベッドが運び込まれた。ミラさんは、ふかふかのベッドに感激し、何度もそこで跳ねていた。
エリアさんは、小枝の隣で寝るようだ。
小枝はというとはしゃぎすぎたのか、既にもう片方のベッドの端で寝入っていた。
僕は、
『っ、ん、は、』
息をする暇もない。口づけを受けるのに精一杯になっていた。
招かれたのは、スーウェンさんの寝室だった。
執務室と続き間になっており、今はそこに続く扉は閉じられている。
体重をかけられるままに倒れ込んだ先は、広い寝台の上で、そこでもそれは止まなかった。
『ノゾミ、ずっと、待ってた』
『ス、スーウェン、さん』
『触れて、愛したかった』
熱い息が頬に触れる。スーウェンさんの目はキラキラしていて、濡れているようにも見えた。
『もう離さない、ずっとここにいるんだ、そうだろ』
大きな掌が僕の胸板をなで回し、衣服を剥いでいく。噛むようにして首筋を吸われ、身をよじれば、触れるうな口づけが降ってきた。
『スーウェンさん、僕、僕は』
言わないといけないことがある。
制止を求めるためにスーウェンさんの方に伸ばした手が震える。目が見れない。
『僕は、エ、エーゲルさんと』
『知ってる』
え。
手を掴まれ、顔を寄せられる。
『知ってる。だから、早く、ノゾミを抱きたかった。早く、あんな奴の色、消してやりたい。ノゾミ、』
滴が、僕の首筋に落ちてきた。
『守れなかった、ごめん』
僕は、スーウェンさんの首に手を回し、勢いよく上体を起こした。唇をぶつける。
『好きです、スーウェンさん。好き。僕も、もっと触れたい。許してくれるなら、もう一度、だ、抱いて、ほしい。っ、ん』
口内を舌で深くまで探られる。くすぐったい。腰のあたりが熱くなってくる。
『当たり前だ』
手があちこちを確認するように這い回る。胸に触れ、足の間に触れ、後ろに指が伸びる。何度も指を出し入れされ、その度に聞こえてくる水音が恥ずかしくてしょうがない。けど、欲しい。スーウェンさん。
『あ、う、うう』
『声、出していいよ』
『う』
そんなことを考えているだけでも恥ずかしいのに、声なんて出せない。
両手で口をふさぎ、首を横に振ることで意思表示する。
『ほら、ノゾミ』
『あっ』
後ろの敏感なところを撫でられた。勝手に背がのけぞる。それからも、スーウェンさんは意地悪くそこばかりを攻めた。
堪えきれない。
『や、やだっ、聞かないで、んっあ』
『可愛い、ノゾミ』
『やだぁ、っん! んー!!』
シーツだろうか、スーウェンさんの肌だろうか、何かが前を掠めただけで、達してしまった。荒く息を繰り返す僕の身体をスーウェンさんが抱き起こす。
えと思ったときには、指なんかと比べものにならない質量が中に入ってきた。
『あ、あ――っ、や、スーウェンさん!』
『くっ』
まだ、達したばかりで、その快感すら受け流せてにない僕の内側をこじ開けるようにして、スーウェンさんのモノが収まった。
それだけじゃなかった。
『は、ああっ』
息を整わせる間もなく、深くを突かれる。
『や、も、スーウェンさん、出る、また、出る、から』
『っ、ああ、ノゾミ。いいよ』
『や、ああっ、くんっ』
頭、もう真っ白、気持ちいいばっかりだ。
怖いくらい。考えられない。
『や、スーウェンさん、もう、もっ、ん』
唇をふさがれる。
と同時に奥に熱いものがぶつかり、また、快感が全身を貫いた。
『は、はっ、ぁ』
じんわり、中に広がっていく感覚がある。
『好きだよ、ノゾミ。これからは、絶対』
『あっ』
唇が耳に触れただけで、身体が震えてしまう。
『守るから』
『スーウェンさん、スーウェンさん、あ』
ずちゅ、と、また、芯を持ったスーウェンさんのモノが動き始める。
『あ、ん』
大きな波に意識を攫われてしまう。
とにもかくにも夢中でスーウェンさんにしがみついた。
『ノゾミ、もう離さない。ずっと傍にいる』
嬉しい。
何度も頷く。
『僕も、僕も、スーウェンさん。いたい。一緒にいたい!』
『ああ』
痛いくらいに抱きしめられる。
好きだ。
大好きだ。
どうすれば伝わるのかわからないくらい、スーウェンさんのことが愛しい。
『ノゾミ』
僕に会ってくれて、名前を呼んでくれて、好きになってくれて、ありがとう。
***
スーウェンさんは、忙殺されていた。
『なんでだ!』
ものすごく、不服そうだった。
小枝は、相変わらず、僕の傍を離れようとはしないものの、部屋からでれるようにはなった。
リントス王は、小枝を残したまま、帰国した。最後まで、その身を案じ、会いたいと話していたが、小枝が頷くことはなかった。
仮にも敵国だった場所に、強大な力を持ったままの『救世主』を残していくことは、王様の信頼のように思えた。
立ち去ってしまった後で、小枝は、壊れたようにぼろぼろ泣いた。泣き続けた。けれど、王様の元にいきたいとは言い出さなかった。
『スーウェン、ノゾミくん、サエくん!』
時折、スーウェンさんの時間が空けば、リゲラまで出向く。ミラさんとエリアさんはいつだって笑顔で出迎えてくれた。
『いらっしゃい』
今日もそこは、人に「幸せ」を売っている。
全部が全部、これからだ。
僕と小枝も。
小枝とリントスの王様も。
僕と、スーウェンさんも。
END
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