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新しい関係
目が覚めた時、ここがどこか分からなくて焦った。知らない家で、ソファーに寝ている状況。少し遠くで、シャワーの音がしている。
落ち着け! と、俺は何度も繰り返して、昨日の記憶を引っ張り出す。幸いどれだけ飲んでも、大まかな記憶はある。細かな会話の内容は思い出せなくても、誰とどんな経緯でここにいるのかくらいは覚えている。
「牧山さんのバーに行って…」
男が、俺の面倒を色々見てくれたんだ。柄にもなくハイペースで飲んで、自暴自棄になって、酔いつぶれた俺に付き合ってくれた。帰りたくなくて、男がここに連れてきて、話を聞いてくれたんだ。
ガチャッ
音がして、男がバスローブ一枚で出てきた。目があった俺は、少しだけ気まずい。昨日の醜態を思い出したら、少し恥ずかしかった。
「起きたんだ。シャワー、使う?」
「あぁ、うん」
一瞬逃げようと体は動いた。けれど、思ったほど動けなかった。まだ少し、昨日の酒が残っていた。
男は何も気にした様子がなかった。キッチンに行って、ミネラルウォーターを一杯飲んで、俺の対面にくる。
「あの、昨日は、その…」
なんて言えばいいだろうか。言い訳も変だし、今更だろ。
そう言えば、この男の名前を俺は知らないんじゃないのか?」
「お、正常な思考には戻ったわけだ。んじゃ、改めて自己紹介かな」
男は実に明るく言って、俺の前に名刺を差し出す。俺はそれを受け取って初めて、男の名前を知った。
「明家恭平です。この辺にいくつか、飲食店を持ってるんだ。一秀ともそういう縁で知り合い」
男の名刺を茫然としばらく見ていたが、ハッとして俺も財布から名刺を出す。なんか、おかしな絵面だが。
「鳥潟佑です」
「へぇ、空間コンサルタント! 店のインテリアや、イベントの運営もやるの?」
明家は俺の肩書に、予想以上に飛びついた。これは、職業柄か?
「小規模なパーティーから、展示会のような大きな企画展までだが」
「へぇ。今度一度お願いしようかな。店の内装とか、結構マンネリ化して面白みがないから」
「有難うございます」
「お願いしたら、あんたがやってくれるのかな?」
明家の少し鋭い視線に、俺は一瞬ドキリとした。勿論そんなもの、顔には出さなかったが。
「俺は秘書で、あまり表に出ない」
「そら残念」
あっけらかんとした様子で、明家はそれ以上仕事の話はしなかった。
俺はシャワーを借りながら、これからどうしたものかと考えた。今日まで休みはある、それはいい。問題は、これほど迷惑をかけた相手にどう礼をしたものか。
考えたが、そもそもそんな事をあいつが望むのかが分からない。
熱いシャワーを浴びても俺の脳みそはまだ酔っ払いなのか、結局結論など出ず、『あいつに聞こう』という事にした。
シャワーから上がると、明家はキッチンで何かを作っていた。俺が上がると丁度できたのか、二人分のうどんが出てくる。質素で色の薄い関西風のうどんだ。
「まずは胃に入れろよ。んで、ちょっと付き合って」
「付き合うって…」
「あんたの時間を少し、俺に使ってみないかってこと。大丈夫、夕方までには帰すから」
俺は言葉を無くした。だがとりあえず、礼をするという話はこれでチャラにすることにした。
明家が何を付き合えと言うのか、正直ドキドキしていた。とんでもない事を言われるんじゃないかと、警戒していた。
だが彼が始めた事は、俺の想像の範疇にはなかった。
「…なに?」
「何って、ゲーム」
家庭用ゲーム機をセッティングして、俺にコントローラーを握らせる。そして、問答無用でスタートさせる。
「ほら、始まるぞ」
「え? ちょっ!」
始まるぞって、俺はゲームなんてやった事がない。
結局、俺はスタートこそできたものの、ゴールはできなかった。その事実に、明家は驚いている様子だ。
「もしかして、ゲームしない子だった?」
「あぁ」
「これ、国民的レースゲームよ?」
知るかそんなもの!
「友達の家とかでも、やった事ない?」
そんな友達がいたらこんな性格してないっての!
思わず俺は睨み付けた。色んな鬱憤をぶちまけるような怒りの目だ。それに、明家は少し怯んで、申し訳ない顔をした。
申し訳ない顔するな! 余計に…惨めになる。
「あんたさ、休日どうしてんの?」
「読みたかった本を読んだり、行ってみたかったショップを巡ったり、ドライブしたり」
「一人?」
「一人だが」
いちいち気に障る。昔から、こういう弄り方をされるのが嫌いだった。
全身からイライラオーラを出している。こういう時、普通の奴は適当に濁してその場を去る。そういうのには慣れている。だがこの男はあろう事か、目を丸くしたままとんでもない事を言ってのけた。
「それって、楽しい?」
ピシッ
俺の中で怒りにヒビが入った。
「楽しいが、何か?」
「誰かと遊ぶのが楽しいじゃん。そりゃ、一人の時間も大事だけどさ。休日だぞ! アフターファイブじゃできない事しないと」
「俺はこれで十分楽しいんだ!」
苦手な相手だ。俺とは真逆な考えだ。しかもそれを他人にも押し付ける。そうやって、俺を否定するんだ。
睨み付けた俺をまじまじと見て、だが明家はニッと笑った。
「教えるから、もっかいやろうぜ」
「なんで!」
「できないままは悔しいだろ? 一度くらい俺に勝てよ」
ニッと笑った明家は、俺の言葉を全無視してコントローラーの説明やら、キャラの説明やらを始める。そして何度も、バカみたいに何度も同じコースを走るのだ。
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