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新しい関係(3)
翌日、俺は普通に出社できた。正直、加賀地の顔を見られるか不安だったが、平気だった。
多少痛む気がしたが、それはもう気にするほどの事ではなかった。だから普通に、振る舞う事ができた。
もしもまた、加賀地の顔を見てあの思いがぶり返すようなら、辞職というのも考えていた。迷惑をかけるくらいなら、黙って去ったほうがいいと、休みの間思っていたのだ。
問題なく、今までの仕事ができそうだった。
明家は約束通り、土曜日に俺を誘って食事に行った。こじんまりとした居酒屋で、焼き鳥と日本酒が絶品だった。距離が自然と近いけれど、それはあまり気にならなかった。
付き合ってみると、明家は気持ちのいい奴だった。良くも悪くも、裏がない。言う事はきつい事も多いけれど、大抵的を射ていたから受け入れるしかない。
それに、俺が反発しても気を悪くしない。だからこそ、俺は本心を隠す事無く安心して言えた。悪態も、平気になった。
そして俺を、否定しない。受け入れてくれたうえで、あいつなりの意見を言う。その事に俺は、安心していった。
あいつとの付き合いが一月を超える頃、仕事にも影響があった。部下から漏れ聞こえていた俺への陰口が、少なくなっていった。昔はもっと、耳についたのだが。
気にならなくなったのか、数が少なくなったのか。それは俺ではなく、加賀地からもたらされた。
久々に飲みに誘われて、牧山のバーに行った。その頃にはまったく、俺は加賀地との事を考えなくなっていた。元々俺の気持ちが加賀地に知られていたわけではない。それがよかった。
「最近、佑は雰囲気が柔らかくなったね」
「そうですか?」
加賀地の嬉しそうな言葉に、俺は首を傾げた。そう、変わったとは思っていない。
「話しかけやすくなったとか、怒る時も棘がなくなったとか、部下が噂しているよ」
そんな意識はなかった。だが、少しだけ思い当たる事はあった。
明家が言ってきたことがある。
『あんた、言い方がきついんだよ。言う前に、一呼吸置いてみろよ。そしたら、少し落ち着く。で、論破しようとしないで、相手に考えさせるように諭せばいい。それだけでだいぶ、印象変わるって』
と、言われた。部下のミスを怒る時に、ふとそれを思い出すようになった。自然と、一呼吸置けた。次は、沸点が下がった。そうしたら、冷静に相手を見られるようになった。
「怒られたいファンも、いるみたいだぞ」
「それはちょっと、遠慮願いたいです」
困った顔で言う俺に、加賀地は楽しそうに笑って、その後は妙に見られる。観察するような視線には慣れていなくて、俺は更に困る。だが本格的に困ったのは、次の加賀地の言葉だろう。
「恋人でも、できた?」
「え?」
思いがけない言葉に、俺は思考が停止した。
恋人…ではない。友人には、なれただろうか。それすらも疑問だ。
明家との関係は、始まったばかりでどこに位置するのか。他人との関わりが希薄すぎた俺には分からない。
急に、不安になるのはなぜだ。今確かに関わっている。それで満足していたはずなのに。
「佑?」
黙ってしまった俺に、加賀地は不安そうに名前を呼ぶ。それにハッとして、俺は久しぶりに顔を作った。
「恋人は、いないです。最近、友人ができて」
「いい友人ができたんだね」
「…はい」
今度は嬉しさがこみ上げる。自分の事ではないのに、褒められたように嬉しいなんて。
俺は確かに、変わったのだろう。そしてこの変化は、一人の人物によってもたらされたのは確かだ。
困惑と、戸惑いとがあるのに、不安は少ない。それは、多分一人だという意識が薄れたからだった。
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