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家に入ると、熊五郎はまず床の算額を片付けた。 空いたところに布団を敷く。 置いた枕屏風には、何枚かの容術を書いたものが貼ってあった。 二人して着物を脱いで、布団の上に腰を下ろす。 「八つぁん‥‥狭くてごめん。」 「なに、算額から熊を奪うようで、こちらの方が申し訳ねぇや。‥‥そうだ。」 「なに?」 「悪いな、のりの用意が無い。痛い思いをさせるかもしれない。」 「それなら‥‥」 立ち上がった熊五郎は箪笥に行き、印籠を取って戻ってきた。 黒漆の下半分に、蒔絵で大小の真四角が散りばめられている。 「箪笥と机と、あとこれも置いてくることが出来なかった。‥‥業だね。」 「綺麗だな。」 「‥‥何の為に使ったのか知っていてもかい?」 「この金の真四角を愛する熊こそが、綺麗なんだよ。」 「八つぁん‥‥ありがとう。」 八五郎は、渡された印籠から紙片を取り出すと、枕の横に置いた。 横たわった熊五郎の胸に手を這わせながら、何度も口を吸う。 途中、本当の名前は何ていうんだと尋ねれば、八つぁんが呼んでくれる熊五郎こそが今の俺の名前だよと答えた。 熊五郎は声を出さない。 胸の尖りを吸い上げた時には、とうとう指を噛んで堪え始めた。 「声を我慢するなよ。」 「だって‥‥八つぁん以外の人に聞かれたくない‥‥」 「誰にでもそんな可愛いことを言っているのか。」 「ちがう‥‥八つぁんだけ‥‥俺を知っているのは‥‥八つぁんだけがよかった‥‥」 指を噛んで、枕の上で首を揺らして。 それでも堪え切れずに体が捩れる。 行燈の薄明りの中で、八五郎が焦がれた睫毛に涙が光って、零れた。 後ろの窄まりを撫でた時、熊五郎が口から指を離した。 「八つぁん、口を吸って‥‥」 窄まりを押すように撫でながら、舌を深く差し込んで口を吸う。 熊五郎の両手が八五郎の背中に回って、八五郎を強く引き寄せる。 腕が、細かく震えていた。 「そんなに怖がるな。どこへも行かないよ。」 「八つぁん‥‥呼んで‥‥俺の名前‥‥」 「‥‥熊‥‥熊、綺麗だぜ‥‥」 もう一度深く口を合わせてから、八五郎は枕元の紙片を口に含んだ。 唾でふやけたとろみを紙片と共に口から出して、熊五郎の窄まりに馴染ませる。 「痛かったら言えよ。」 そう言いながら八五郎は、痛いのは張り詰めきっている自分の方だと思った。 熊五郎の小さな尻を抱えて、もう一度八五郎は言葉に出した。 「熊、綺麗だよ。」 寂しくなった八五郎が熊五郎を家に呼んで世話し始めたとの長屋の評判も落ち着いてきた。 同じ布団で起きて朝餉を二人で済ませ、それぞれ仕事に出て、先に帰ると熊五郎は長屋の端の家に行き算額三昧をする。 八五郎が帰る頃に、熊五郎は女衆から寄せられた惣菜を持って八五郎の家に帰る。 今日の様に休みが重なる日には、二人で長屋の端の家で過ごすことが当たり前になっていた。 「八つぁん、そこの風呂敷を取って。」 「なんだ、今日は算額の奉納か。」 「一緒に行くかい?」 「いいのか?」 「是非来てもらいたいね!」 これ以上に無い笑みを熊五郎が浮かべる。 日々に綺麗さが増している気がして、八五郎は照れて笑った。 「珍しく小さな額だな。」 「ああ。‥‥これは、特別なんだ。」 「特別?」 「うん。‥‥願を懸けてある。」 八五郎は額を包むのを手伝いながら尋ねる。 「どんな願だい?」 「‥‥内緒だよ。」 熊五郎がはにかむ。 八五郎は、その願が二人の末永い幸せだといいなと思う。 「大事な額なら、失くさねぇ様に手元に置いときゃいいだろう?」 「そういう訳にはいかないさ。」 熊五郎の手が、八五郎の手にそっと重なった。 「書いてる(掻いてる)だけじゃ、男じゃないよ。」 おあとがよろしいようで。

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