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再会
「天城?」
天城星一 が、徳永 勇 と再会したのは、戦後五年たった五月のことだった。
たまたま仕事が休みで、銭湯に行っていた。
「徳永大隊長?」
「大隊長はやめてくれよ」
徳永は困ったように笑った。
「天城は、浅草に住んでるのか?」
「はい。徳永さんは、今何をしてるんですか?」
「俺は、役所で働いてる」
徳永は現在、40歳になり、星一は25歳である。
戦時中の徳永はもっと日に焼けて黒く、今より筋肉がついていたように思う。
今は痩せたのか、少し細い。
徳永は、フィリピンのボルネオ島で第14方面団第一歩兵部隊の大隊長を務めていた陸軍のエリートだった。
「君、今日は休みなのか?」
「はい」
「食事でもどうだ?久しぶりに」
星一はドキリとした。
……彼は、徳永のことを戦時中の頃から想っており、彼の気持ちを徳永は知っているからだった。
「俺、約束があって……」
「そうか。また会えるか?」
星一は「はい」と答えた。
「土、日はだいたい暇なんだ。また会える日は教えてくれ」
徳永は連絡先を書いた紙を星一に渡した。
星一はその連絡先を大事に財布の中にしまい、挨拶もほどほどにして、二人は別れた。
夜、星一はホテル街にいた。
男と女が腕を組んで、通り過ぎていく。
スナックやパブが建ち並び、酒と煙草の臭いが漂っている。
ホテルの横の細い路地で佇んでいると、「星一君?」とスーツを着た、体格の良い40歳くらいの男が声を掛けてきた。
「……あなたが桝井さん?」
「あぁ。まさか本当に君に会えるなんて……。今夜は良いのかい?」
「いいですよ」
星一は、桝井という男の首に腕を回し、誘うように笑う。
ホテルの部屋に行き、お互い服を脱いだ。
星一の小麦色に焼けた肌、筋肉質な体を晒すと、桝井は、星一の体を見て、ほぉ……と息をついた。
「やっぱり君は、君は良い体をしてるな」
「体、見せるのが仕事なんで……。触ってもいいですよ」
桝井は、ごくりと生唾を飲むと、そっと腹筋に触った。
「あのストリップショー、本当に好きなんだ……!特に君の肉体美は、芸術だ……。それをこんなに間近で見られるなんて……」
桝井はだんだん、鼻息が荒くなる。
これまで、多くの男に体を触られたが、決して満たされることはない。
(本当に、触ってほしいのは……この人じゃない)
1945年7月
「君はいい体をしているな。陸軍学校にいたら、良い成績だったろうな」
「ありがとうございます」
これが、徳永と星一が初めて交わした会話だ。
星一は、日本からフィリピンのボルネオ島に連れていかれ、第14方面団第一歩兵部隊に入営した。
フィリピン奪還のための作戦だったが、戦況は悪くなるばかり。
「私が君くらいの時は、なかなか筋肉がつかなくてね。本当に羨ましいな」
「……そんなことないですよ」
徳永は、優しい男だった。
部下になった者に一日一回は必ず声を掛け、冗談を言ったり、笑ったり……およそ軍人らしからぬ男であった。
星一は、いつしかこの徳永に惹かれていくようになった。
朝、声を掛けられると嬉しくてたまらなくなったり、夜、静かに読書や考え事に耽る横顔に胸を高鳴らせることが増えていった。
自分は男好きなのかと、他の仲間を見てみるも、それはやはり、徳永に対してだけの感情なのだと確信した。
ある夜、星一は寝付けず、小屋から抜け出し、外の空気を吸った。
島の中は、昼の暑さとは反対に、しっとりとした空気に包まれている。
徳永は太い丸太の上に腰かけており、星一に気づくと「眠れないのか?」と声をかけた。
「すみません、抜け出して」
「いや、俺も寝付けないんだ。……君は家族はいるのか?」
月に照らされた徳永の顔は、憂いに帯びて美しいと星一は思った。
「自分には親も兄弟もいません。だから、悲しむ人もいません」
母の親戚に育てられていた星一は、出征前の冷ややかな生活を思い出す。
帰ったところで、喜ばれはしないだろう。
「どこかにいるかもしれないぞ。少なくとも、俺は悲しむ」
徳永は星一の肩を抱いた。
徳永の体は温かく、優しい。
「大隊長は、家族がいるんですよね」
「あぁ、妻と三歳になる娘がいる。そうだ、見せてやろう」
徳永は首から下げていた小さなお守り袋を出した。
その中には、家族写真とひまわりの種が入っていた。
徳永の隣には丸顔の優しそうな女性と、徳永に抱っこされた小さな女の子がいた。
毎日見ていたのであろう、写真は角が擦りきれてしまっている。
「ボルネオに来る前、娘と約束した。帰ったら、ひまわりの種を蒔いて、ひまわり畑を作ろうって」
自分の娘を撫でるように、徳永はひまわりの種を指で優しく触った。
星一が生まれる前に父が死んでしまったため、「父」というものは知らないが、きっと「父」という人はこんな顔をするのだろうと思った。
戦争が終われば、生きていたら、徳永は自分の大隊長ではなくなる。
妻の「夫」になり、娘の「父」になる。
そうなったら、もう自分のことなどすっかり忘れてしまうだろう。
星一の心の隅には、戦争が終わって欲しくないという黒い願いが居座った。
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