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ひまわり

飛騨は、9月でもまだ暑かった。 星一は、駅に降り立ち、飛騨の旅館街に向かった。 空が透き通るように綺麗で、途中途中で湯煙が見えた。 (ここが、徳永さんの生まれ故郷) 歩きながら、『旅館 鯛の屋』の暖簾を見つけた。 この旅館は、徳永の親戚が営んでいる旅館らしい。 暖簾をくぐり、「すみません」と声を掛けると、仲居が「いらっしゃいませ」と頭を下げた。 「ここに、徳永さんという人が滞在していると聞いたんですけど……」 「勇さんですか?いますけど……あなたは?」 「俺は、戦時中に徳永少佐にお世話になった者です。ご挨拶に伺いました」 「今、休まれてて……会えるかどうか分からんのですけど……」 「会えたらでいいです」 仲居は徳永の部屋に向かったらしい。 暫くして、「どうぞ」と通してくれた。 奥の部屋に案内され、「失礼します」と障子を開けた。 「徳永さん……」 「君、こんなところまで追いかけてきたのか……」 布団で寝ていたらしい徳永は布団から身を起こした。 前に会ったよりも痩せており、顔色が悪い。 「あの、俺……」 「せっかく飛騨に来たんだ。少し歩くか」 「え!?」 徳永は星一に構わず、浴衣からシャツとズボンに着替えた。 「行くぞ。天城一等兵」 赤い欄干の橋を渡り、街の奥に歩いていくと、広い公園に出た。 「小さい頃、よくここで遊んだ。帰ってきた時、変わっていなくて驚いたよ」 「すみません……こんな所まで追いかけてきて」 徳永は、ははは……と小さく笑った。 「奥さんと娘さん、亡くなってたんですね」 「あぁ。大空襲の日にね」 徳永は公園の柔らかい土を見つめながら、さらりと言った。 「それにしても、君は本当に大胆だな。初めて君を見た時、もっと大人しい奴だと思ってた」 「すみません」 「褒めてるんだよ」 星一は立ち止まり、三歩ほど進んだ徳永の痩せた背中を見た。 戦争中の徳永の背中はもっと大きくて、星一がフィリピンの森の中でしがみついても、びくともしなかった。 星一は、後ろから抱き締めた。 「死なないでください」 「……聞いたのか」 星一は徳永の肩に顔を埋めて、頷いた。 「大分、病気が進んでいてね。びっくりしたよ。こんな大病するとは思わなかったなぁ。俺は戦場で死ぬもんだと思ってたから」 「だめです」 徳永の体を自分の方へ向けた。 星一の泣き顔を見て、一瞬驚いた顔をしたが、すぐににっこりと笑い、頭を撫でた。 「君は、存外可愛いんだね」 「お願い……っします……死なないで……」 「俺にはもう、悲しんでくれる人なんていないと思っていたよ」 星一はズボンのポケットから、お守り袋を取り出した。 「持ってきてくれたのか……」 「……一緒に、ひまわり植えたいんです」 「天城……」 「毎年、植えましょう。ずっと種を植えて、ひまわり畑、作りましょう」 星一は目と鼻を真っ赤にしながら、笑った。 徳永は、顔を伏せ、「うん、うん」とずっと頷き続けた。 終

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