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パーフェクト・ワールド・ハルⅦ-10
肌を焼く太陽は、まだ五月に入ったばかりだと言うのに、じりじりとした熱を孕んでいる。
――暑いと、より頭痛が増す気がするんだよなぁ。
慢性的な頭痛とは慣れた付き合いだが、それでも刺すような痛みが走ると表情は自ずと曇る。元より愛想が良いとは言えないそれが更に硬化してしまっているわけだが、改善しようとまでは思えない。そもそも論で言えば、体調の悪いときの己の顔つきまで意識してなどいなかったのだ。良くも悪くも目敏い同室者に指摘されるうちに、最低限レベルでは気に留めようと思うようになったと言うだけで。
「流して走ってるだけなのに、高藤は速いなぁ」
格好良い、と。ハートマークが付きそうな四谷の声に、視線をグラウンドに向ける。本番を二日後に控えてのミニ運動会の全校リハーサル。寮別対抗リレーの走者が、一年から二年に渡ったところだった。
「なぁんで、榛名はあんな完璧なのと四六時中一緒に居るくせに、好きにならないかなぁ」
「って、好きになったら、困るの四谷じゃないの? 泣く羽目になるよー」
「なんで俺が負けるのが前提なわけ? 信じられないんですけど」
「まぁ、そもそもが、榛名は会長派だもんね。そう言う意味では、良かったじゃん、四谷」
「だから、なんで俺が勝てない感じなの」
丸い目をつり上げた四谷に周囲から笑いが起こる。その輪の端で、行人も小さく笑った。言っている内容は、さして以前と変わっていないようにも思うのに、滲み出る棘の量は大増減だ。
そして、眼に見える形で四谷の態度が軟化したことによって、寮での雰囲気もまた少し変わった。
変わろうと思えば、変えることは誰にでも出来る。茅野はいとも簡単に言っていたが、こう言うことなのだろうとは思う。一匹狼を気取るのは楽だが、理解者が増えることはない。
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