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パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 13ー2

「そっちこそ」  呆れたふうにこちらを見ていた向原が、そこでふっと笑った。 「鍵持ってるからって、堂々と門限破っていい理由にはならないと思うけど?」 「ちょっと出る用事があって。それで、遅くなっただけ」  なんの言い訳にもなっていないなと思いつつも、曖昧にほほえむ。  もうなにも言うな、と突き放されて以来、喋るのははじめてだと気づいたが、それももういまさらだった。 「へぇ」  さして興味もなさそうに応じて、入ってきた窓を閉める。 「まぁ、寮長が目ぇ瞑ってる分には、お互い問題ないってことか」  よかったな、と嫌味なのかなんなのか。わからない調子でそう言ったのを最後に、向原は話を切り上げた。  そのまま自分の横を通って、階段のほうに向かおうとするのを、はっとして引き留める。 「向原、ちょっと待って」 「なに」  あからさまな溜息ひとつで、向原が振り返った。その顔に、挑発するような笑みが浮かぶ。 「俺に説明できる良い言い訳、見つかったって? 見つからないなら、なにも言うなって言ったよな」  そんなものは、いっさい見つかっていないままだ。けれど。すれ違ったときに感じた気がした血の匂いと、ポケットに突っ込まれたままの左手。  そうして、入ってきた窓の場所と、もともとの自分の進行方向にあった部屋。導きざるを得ない結論に、もろもろを呑み込んで、成瀬は背後を視線で示した。  たぶん、ここで出会ってしまったのが、運の尽きだったのだ。あるいは、五年前のあの夜のように。 「ちょっと、付き合って」

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