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パーフェクト・ワールド・ハル0-3

「暖かな春の訪れとともに、私たち百二十名は、伝統ある陵学園高等部の入学式のこの日を迎えることができました」  一心に集まる視線も関心をも物ともせず、水城春弥は華やかな声で式辞を紡ぎ出した。幼さを残した線の細い中性的な美貌は、少女めいていると言う表現を通り越して、天使に似ている。そんなさざめきが皓太の耳にも届いた。  色素の薄い柔らかそうな髪色も、透き通るような白い肌も。学校指定の紺色のブレザーと青地のチェックのズボン。そして一年生であることを示す、朱色のネクタイ。そのどれもがモデルのように少年にぴたりと似合っている。  静まっていたはずの空間は、また密やかなざわめきに支配され始めていた。誰だ、あの子。めちゃくちゃ可愛い。外部生だって? どこの寮だよ。熱を帯び始めた興奮は、まるでアイドルを前にしたかのようで。その奇妙さに、皓太は居心地の悪さを覚えた。 「僕は、この学園を自由の園だと思っています。伝統校でありながら、努力した者には、門扉は開かれる。そう、僕のような者にも」  そこで一度、少年が言葉を切った。定型文から外れた調子にざわめきは鳴りを潜める。壇上に集中する視線を存分に意識しているだろうに、美貌の少年は、悠然と笑みを浮かべたままだ。 「第二の性は秘匿であるべきだとされる昨今ではありますが、あえて明言させて頂きます。僕はオメガです。ですが、それを恥だと思ったことはありません。哀れだと思ったことも」  講堂は今度こそ静まり返っていた。水城春弥の言う通りだ。第二の性は、秘匿。そうあるべきだとされている。性による差別などあってはならないことである、と。 「この学園に在籍する皆様の中で、アルファである方は沢山いらっしゃると思います。オメガはアルファにとっての繁殖種であると称されることがありますが、僕はそうではないと信じています。オメガもアルファやベータと同じ一人の人間です。僕はこの学園であれば、オメガとして差別されることのない当たり前の高校生活を送ることが出来ると信じています」  凛とした声が講堂に響き渡る。この世界に根付く正論を説く声。ただ、それはあくまで表向きのものだ。 「私事を挟ませて頂いたことをお詫び致しますとともに、僕のわがままを許して頂いた関係者の皆様に併せて感謝致します。アルファもベータもオメガも。どのような性の者にとっても、この学園で過ごす三年間が幸福なものになることを願います」  この世界にはびこる第二の性への偏見は、容易には消えることはない。アルファであれば優遇される。オメガであれば、理不尽な性の暴力に怯え、オメガ性を隠して生きていかざるを得ない。現代でさえ、オメガが襲われたとしても、発情期のフェロモンで誘ったせいだとされる。非難されるべきはオメガであって、アルファでない。そんな、世界。  戸惑うようなまばらな拍手の中、下段していく華奢な背は、自信に満ち満ちている。アルファが溢れた全寮制の学園で、自らをオメガだと公言する意味を分からないはずがないのに。 「なんなんだ、あいつ」  拍手とざわめきに埋もれそうな声で、榛名が呟いた。その目線は、射るように水城を追っている。  どう応じるべきなのだろうか。判断を付けかねて、皓太は幼いころの癖の延長線のように視線を泳がせた。泳がせた先は、生徒会役員が列席している前方だ。一人っ子の皓太にとって、昔から兄替わりであった人がいる。その隣に並んでいる向原も、彼も、衝撃的だったはずの水城の式辞など、特段の興味はないと言う、自然体ないつもの表情のままで。この学園の双頭の変わらない態度に、少なからず皓太はほっとした。けれど、言葉にしきれない嫌なざわめきが消えない。 「……しれない」  それは、意識しないままに漏れ出たひとり言だった。聞き取れなかったらしい榛名が見上げてきたが、皓太は曖昧に首を振った。  講堂内は、まだ静かにざわめいている。新たな時代のヒロインの誕生を待ち構えるように。  新たな混迷の時期へ突入していくことを、期待するように。

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