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パーフェクト・ワールド・ハルⅠ-1

[1] 「改めて、櫻寮にようこそ。新入生諸君。中等部からの内部進学組はある程度は分かってるとは思うけど、外部編入組は初めての寮生活で戸惑うことも多いと思う。そんなときは、遠慮なく先輩やルームメイトを頼ってくれ。歓迎会の前に、うちの寮の説明をするから、ちゃんと聞くように」  櫻寮の新入生三十名が一堂に会した寮一階の食堂は、そわそわとした春の空気と緊張に包まれていた。期待と不安に満ちた一年生を見渡して、長身の生徒が呼びかける。 「えー、まず、俺が櫻寮の寮長の茅野です。中等部で一緒だった奴は、俺のことを知らない奴に、この寮に配属されて喜ぶべきだと教えてやれよー。なんせ、この俺が寮長だからな!」  高笑いを始めかねない調子の長身の肩を、もう一人の生徒が叩く。冷たい瞳で咳ばらいをして一言。 「寮長が煩くて済まない。僕が副寮長の柏木だ。言っていることはいい加減に聞こえるだろうが、やっていることは間違ってはいないので、……まぁ、あまり気にしないように。このノリに付いて行けないと思う者は、何かあれば僕に相談してくれれば良い」 「おーい、柏木。なぁ、そう言うこと言っちゃう? 寮長の俺に? 泣くよ?」 「それくらいで泣き真似をするな、鬱陶しい」  小柄で、どちらかと言えば儚げな見た目の柏木に、縋りつく長身の茅野の姿に、新入生たちからは笑いが起こっている。  「茅野先輩、またあんなこと言ってる」  珍しく榛名も邪気のない笑みを浮かべて、前に立つ二人を見つめている。中等部の寮に入ったばかりの三年前も、茅野と柏木が寮長・副寮長を務めていたから懐かしいのもあるのだろう。初めての寮生活でガチガチに緊張していた一年生に今と変わらない夫婦漫才を披露してくれたことも記憶に新しい。  ここにいる一年生の内、九割が内部進学者ではあるが、寮自体は持ち上がりではない。寮の雰囲気は寮長で決まると言っても過言ではないのだ。初対面になる寮長に不安と緊張を抱いていた内部生も外部編入組も、二人のやり取りで、それが少なからず解れたようだった。 「手元の紙にも書いてあると思うけど、一応、順に説明するから。分からないことがあったら、手ぇ上げろな。じゃあ、行くぞー」  櫻寮のしおりと銘打たれたプリントには、細かな寮則や、寮の案内図などが記されている。中等部とさほど大きくは変わらないが、一番の変化は二年生からは一人部屋になるところだ。  つまるところ、榛名との同室も今年が最後なのだ。一人部屋に憧れる反面、四年目を迎える同室生活が終わるのが寂しいような、だ。 「今いるこの食堂が、朝食、夕食を食べるところになります。朝は六時半から七時半、夕食は十八時から十九時半までの間で取るように。部活動とかで間に合わない場合は、ちゃんと事前におばちゃんに申請しろよー。食いそびれるからな。あと、学年別で食べる時間とかを区切っているわけじゃないから、時間帯によっては混むからな。慣れないうちは早めに済ませた方が良いかもしれないな」  一階には他に、寮母の在中する事務室とランドリー、全学年共通の談話室。二階が一年生の寮室と大浴場、談話室に学習室。三階が二年生の寮室と同じく談話室に学習室。四階は三年生の寮室でこちらも三階と同じつくりだ。ここまでは中等部の寮と同じで、異なるのは、さらに上階があることだった。特別フロアと中等部の生徒の間で実しやかに囁かれていた、そこ。  寮長や副寮長と言った寮を管理する役目を負った生徒や、生徒会に名を連ねる生徒――つまるところ、この学園における様々な意味での最上級ランクの生徒だ――に、通常より広い寮室が与えられるのだ。その最上階である五階には、その寮室のほか、談話室や学習室に、相談室と言う会議などに使われる部屋が配置されていた。

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