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第12話
中井がシャワーを浴びに行ったので、霧島は伴とふたりきりになった。
「……口、取ってほしい?」
訊くと、伴はぶんぶんと首を縦に振る。可愛い。
霧島はニンマリと笑い、伴の後頭部に手を伸ばし、ボールギャグの先のベルトを外した。
「う……がッ、あ……あぁ……」
短時間だとはいえ、ずっと締め付けていたのだ。伴は顎関節や頬の筋肉の具合を確かめるように口を開けたり閉じたりした。
霧島はその様子を興味深そうに見物する。やがて伴が霧島の視線に気づく。途端にギロリと睨み返され、その視線の鋭さに霧島の心はゾクゾクした。野良猫みたいで可愛い。
「……てめえ、霧島……今度という今度は許さねえぞ……次こそは俺がお前をブチ犯してやる!」
「その前に――なあ、伴。両手痛いだろ? 手錠の鍵、いま俺が預かってるんだ。お前ならこの意味わかるよな?」
霧島が胸ポケットから小さな鍵を取り出すと、伴の顔色は一気に青褪める。そういうところも、やはり可愛い。
「――……何をすればいいんだ?」
「物分かりが良くて結構。そうだな、今日の俺は優しいから、簡単なことにしてやるよ」
伴の口がわなわなと震える。
自分で言っておいて何だが、霧島自身も自分が優しいだなんてこれっぽっちも思っていなかった。
だが――。
「俺の名前を呼べよ」
気づいたらそう口走っていた。
どんな交換条件を提示されるのか冷や冷やしていたであろう伴も、すっかり拍子抜けだ。
「……それだけ?」
「うん。早く呼べよ」
「……霧島」
「それは苗字。俺は名前を呼べって言ったんだ」
「……しゅ、柊二?」
「いいね。もう一度」
「柊二」
「へえ。恋人に名を呼ばせるやつの気持ちが少しわかった気がするよ。気分がいいな。じゃあ俺もお前を劉生って呼んでもいいか?」
「は? い、意味わかんねえ……それより早く鍵を――」
「劉生」
「――ッ」
「これからふたりきりのときは名前で呼び合う。約束できるなら手錠外してやるよ」
「……クソほど悪趣味な男だな」
「せっかく見つけた楽しみだ。簡単に手放したくはないだろう、劉生?」
「な、止せよ、霧島。冷静になれって――」
「柊二」
「え」
「柊二――だろ?」
困惑する伴をよそに、霧島が彼の耳奥に囁いたそのとき、やけに甲高い男の声が飛んだ。
「伴! てめえシャワー壊れてんじゃねえのか? 水しか出ねえぞ!」
どうやら中井は風呂場の扉を全開にし、伴に向かって叫んだようだ。
「――だとよ、劉生。中井が困ってる。早く助けてやれよ。ただし、約束は守れよ」
「ったく、わかったから早く外せよ――柊二」
「合格」
霧島が手錠を外すと、伴は一目散に部屋を立ち去っていった。
「――本当に馬鹿だな。アイツら」
残された手錠をカウボーイのようにクルクルと回しながら、霧島は独 り言 つ。
改めて周囲を見渡すと、それはそれは酷い有様だった。
唾液の絡んだままのボールギャグにねっちょりと濡れたバイヴ。霧島を拘束していた椅子は横倒しになり、近くにアイマスクも落ちている。さらにその奥には黄色のビニール袋が見え、中にはいわゆる大人のおもちゃと思しきパッケージがごろごろと詰まっていた。
「そこまでして、この俺を犯したかったのか?」
無理だというのに。
まあ、それでもいいかと霧島は思う。
――どうせ返り討ちになるのは、アイツらの方だから。
それにしても。
「劉生……」
さきほどまで惨めに転がっていた男の名をつぶやく。妙に心が浮き足立つ。
「……千晶――いや。しっくりこない。不思議だ」
伴の名前呼びは馴染むのに、中井の名前呼びはどうしてだかしっくりこない。
霧島は逆の立場でも考える。
伴から名前で呼ばれた――正確には呼ばせたときは純粋に嬉しかった。
だが、もしも中井から呼ばれたら――いや、ありえない話ではないだろう。きっと中井は霧島を名前で呼びたがるに違いない。
まあ、そのときはそのときだと、霧島は思った。
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