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第1話
宮中である噂を聞いた。
曰く、都外れの荒れ果てた屋敷に一人の姫が年老いた乳母 と二人きりでひっそりと暮らしているのだと。
かつて位の高い男に気まぐれに愛され、そして捨てられたその姫はたいそう美しい人らしい。
あくまでも噂であるから本当かどうかはわからないが、気になることには変わりがない。
僕はその噂を確かめ、あわよくばその姫を手に入れるために、月夜の晩に噂で聞いた場所へ出かけて行った。
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その家はまさに荒れ屋であった。
建物は嵐が来れば屋根が飛んでいってしまいそうな有様だし、庭も草ぼうぼうで全く手入れされていないようだ。
本当に人が住んでいるのかと怪しんだが、よくよく見れば床や柱は掃除がしてあるようなので、誰かは住んでいるらしい。
少しばかりの期待を胸に、僕は足音を忍ばせて荒れ屋の中に入ってみる。
通りがかった部屋を一つのぞいてみると、がらんとしていて調度もほとんどない。
しかし一番奥の部屋まで行ってみると、そこには古びてはいるが几帳 が置いてあり、その奥に人が寝ている気配がした。
さてはこれが噂の姫かと、高鳴る胸をなだめながら静かに近づくと、几帳の向こう側の人が身じろぎする気配がした。
「背の君?」
夫君ですか、と尋ねるその声は、美しくはあるが少し低い。
惜しいなと思いながらも、僕は素早く几帳の内に入る。
「これからそうなるはずの者ですよ」
そう答えてやれば、さすがに夫ではないと気付いたのだろう。
几帳の中で寝ていた人は、僕から逃げようと身を起こしかける。
逃げようとするその手首を掴むと、それは意外に骨張っていて柔らかさに欠けていて、僕はまた、惜しいと思う。
もしかしたら、そういう微妙に惜しいところが夫に捨てられた理由なのかもしれないと思ったが、それでもその長く美しい髪と、わずかに差し込む月明かりでもわかる整った顔立ちを見れば、そんな些細な欠点などなんでもないようなことに思えた。
「手をお離しください」
「いいえ、離しません。
あなたのような美しい方をこのような荒れ屋に住まわせているような男には、あなたに背の君などと呼ばれる資格はありません。
どうぞ、その男の代わりに私を背の君と呼んではくださいませんか。
そうすればすぐにでも、あなたをこのような佗 しい暮らしからお救いいたしましょう」
私がそう言うと、姫ははっとした様子になって動きを止めた。
姫とて、好んでこのような暮らしをしているわけではないだろう。
できることなら、良き夫を得て、まともな家に住み着る物や食べる物にも困らない暮らしをしたいはずだ。
その点僕は、自分で言うのも何だが衣も薫 きしめている香も上等なものだから、頼りになる夫になれると姫にもわかるだろう。
「……背の君」
ついに姫は、震える声で私をそう呼んだ。
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